国際祝福結婚をきっかけに、お相手のかたの言語を初めて学び始めるというかたも少なくないでしょう。
私も、1988年に国際祝福結婚(日韓祝福)をした一人です。

今は、韓国語でコミュニケーションできる家庭連合の教会員のかたも多いですね。
しかし38年目。6500双の祝福が行われた当時は、韓国に留学しているメンバーを除いては韓国語を使える教会員はまだまだ少数派でした。
かくいう筆者も、「私の誓い(나의 맹세)」を唱えはするものの、あいさつ程度の韓国語と、教会用語や原理用語を少しだけ韓国語で言える程度でした。ですから、韓国語を意識して学び始めたのは祝福後からということになります。
ちなみに、NHKで韓国語の講座が最初に始まったのは1984年のことです。ラジオやテレビで「カナダラマバサ…」と、韓国語の学びに挑戦された教会員の皆さまもいらっしゃることでしょう。

1988年当時は、LINEもカカオトークもありません。電子メールも、一般の人々に広く普及する前の時代です。家庭を持って一緒に生活するまでは、電話と手紙が主なコミュニケーションツールでした。しかし国際電話は費用がかかります。ですからエアメール(航空郵便)が二人をつなぐ唯一といっていいツールとなりました。
祝福後、韓日、日韓カップルの日本人教会員の多くは、ある一定期間、韓国で活動する機会に恵まれましたが、二人が頻繁に交流できるわけでもなく、すぐに韓国語が自由自在に操れるようになったわけではありませんでした。
妻は1998年に聖和しました。28年前のことです。
出会いから10年が過ぎたばかりでした。
出会ってから家庭を持つまでの3年余りの期間に、私に送ってくれた妻の手紙の束は数少ない遺品の一つとなりました。
日本語で書かれた手紙もありますが、韓国語で書かれた手紙の方がやはり多く残されています。
翻訳してくれる人が身近にいるわけでもなく、当時、辞書を引きながら、自己流で大意はつかんだつもりではいましたが、彼女の手紙は「事務連絡」でもなく「情報」でもありません。「ラブレター」だったのです。しかし私は、その手紙を、妻の思いをラブレターとして読めていなかったのです。
AI(人工知能)活用が一般的になった時代。手書きの手紙をスマホでさっと撮影し、それをAIにサクッと翻訳してもらいます。
AIは、手紙の内容の解説や感想まで、勝手に表示します。頼んでもいないのに…。
しかしそれは同時に、38年~35年前に書かれた手紙が鮮やかによみがえった瞬間でもありました
当時の教会の様子やさまざまな事柄、お互いの置かれた当時の事情がまざまざと思い起こされました。そして何よりもダイレクトに響いてくるのは、妻の私への思い…。
彼女の手紙には、神様と真の父母様への一片丹心の思い、私と私の家族への思いがあふれていました。
「AIはタイムマシンじゃないか」
そんな言葉をつぶやきながら、還暦を超えた夫婦の姿も想像してみました。
私は妻に呼びかけます。
「ラブレター、ありがとう」
妻は、手紙を読み返す私の傍らで、ほほ笑みとぬくもりで応えてくれました。
「パパ、ありがとう」
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(則)





