光言社 編集者ブログ

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2026年01月22日

私が変われば世界が変わる

 私は時々母に、冗談のようにこう問いかけます。

 「お母さん、息子の〇〇です。分かりますか?」

 「分かってるわよ。何言ってんのよ」と、母も冗談のように返します。

 母に認知症の初期症状が当てはまるようになりました。
 そのことに悩み、悲観的になる父。そして父自身も耳が遠くなり、持病を抱え、日常生活を維持するのもままならない日々を過ごしています。

 米寿を越えた両親は、紛れもなく「老人」なのです。

 筆者は今、年末年始の帰省を延長し、実家で過ごしています。故郷でこんなに長く過ごすのは45年ぶりになります。

 年老いた親のケアのためですが、祝福家庭の志としては、やはり「還故郷」という大義を背負っての滞在と捉えて毎日を奮闘しています。

 生活を共にしながら親を支えたいと行動してみると、わずか数週間でも、真の愛で生きることの難しさが身に染みます。

 田中富広前会長が離任式でこう述べていました。

 「私はこれから一信徒として故郷に帰り、そして氏族メシヤをやります。この場で宣言します。氏族メシヤしかありません。この地上で祝福を受けた者の使命は氏族メシヤのみです。これをやらないで、霊界に行く方法がありません」(U-ONEニュース1月16日号より)

 アージュです。
 全くそのとおりだと思います。
 氏族メシヤの問題は、霊界の(永遠を懸けた)問題でもあるのです。

 マザー・テレサは「世界平和のためにできることは何ですか?」と問われて、「家に帰って家族を愛してあげてください」と答えたそうですが、氏族メシヤに向かう門の前に立ってみると、氏族メシヤの道もまた、家族を愛することから始めなければならないのだと、痛感させられます。

 氏族メシヤは霊界の門を開く道であるが故に、真の愛が問われるのですね。

 …家族を愛する。

 家族なのだから、そのことは当たり前のようにできるはずだと考えるのですが、これがまた、実際にやってみると難易度の高い人生イシューなのです。

 氏族(先祖)の蕩減を懸けた「メシヤ」の道なので、霊界の人々も、そう簡単にはその門を通過させてくれません。

 家族という血縁の近い関係ほど恐ろしいものはありません。

 そして世代(その人が生きてきた時代)や価値観の違い、生活スタイルやものの考え方の違い、などなど。家の中にはさまざまな地雷が埋まっているのです。

 そしてその地雷を踏んでしまうと、時にとんでもない思いに襲われることになります。

 許せない思い、裁きの思い、和合できない思いです。堕落性がマグマのようにあふれ出てきます。油断していたら、あっという間に邪心の思いにのみ込まれてしまいます。

 中和新聞に連載中の「北谷真雄の霊界交流記」は、氏族メシヤに取り組む上で参考になる内容が数多く掲載されています。
 霊人と地上人との関わりの中で、生活(人間関係)を通してどのように蕩減条件を立てていくのかについて詳細かつ具体的に解説してくれているので、大変参考になります。

 第7回の記事にこうあります。

 「…自分がこんなにもために生きているのに、なぜこんなことを言われなければならないのかといって言い返す人がいます。また、言い返さないで忍耐する人もいます。しかし忍耐していても根本的解決にはなりません。忍耐しているとある段階で爆発します。これでは蕩減条件を立てる生活にはならないのです。
 悪は打ってきますが、その悪を善に転換しなければなりません。これが蕩減条件を立てる生活です。先祖が犯した罪の清算を、夫婦で、嫁姑で、親子で、兄弟でしなければなりません。どんなに相手のために生きても打ってくる、これをどう捉えるかです」

 家族の中で起きてくる真の愛と偽りの愛のせめぎ合い。交錯する感情はおのおのの心と体の闘いの結果です。

 「私が変われば世界が変わる」という言葉がありますが、氏族メシヤへの道もまた、「捉え方」一つで命運が分かれていくのだと実感します。

 繰り返しになりますが、中和新聞連載の「北谷真雄の霊界交流記」は、家庭教会、氏族メシヤの取り組みを進めていく上で大変参考になる内容です。ぜひお読みになってみてください。

 第8回123日公開)の内容も、どのようにしてサタンを分立し、神を中心とした善なる生活(真の幸福を得るための生活)を実現していくのか、氏族メシヤとしての歩みに多くの示唆を与えてくれるものとなっています。

 創造の中心にも、復帰(再創造)の中心にも、そこにあるのは「真の愛」なのだなあと、真の父母様から教えていただいた真の愛の価値に今さらながら気付かされます。

 へこんでばかりもいられません。
 しばらくは、行ったり来たりの「還故郷」となりそうですが、真の父母様が教えてくださった善なる思考(み言)と真の愛の実践に努めて、今日が始まりと思いながら、親を愛し、家族を愛していこうと思います。

 氏族メシヤの道も、世界平和の道も、全ては私自身の愛の成長から始まる、ということですね。

 さあ、きょうも「登れない山はない!」と自らを鼓舞して、中断なき前進だ!

(則)

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