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2022年09月22日

10月号は、ここに注目!

 「サミット2022&リーダーシップ・カンファレンス」の特別セッションで、「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」の代表を務める後藤徹さんが、世界各国の政治家や宗教者たち約1000人を前に、日本における強制改宗の事例発表を行いました。

 10月号では、その内容を掲載しています。以下は、その抜粋です。

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帰省時に突然、連行され12年5か月、棄教を迫られる

 1995年9月のある日、私が東京の自宅に帰省した際、突然、親族により拉致され、その後、監禁用に準備されたマンションに連行されました。 

 脱会説得者が来るときは、このような状態になります(下図)。

 私(赤丸)の正面に説得者が座り、周りを家族、元信者らが取り囲みます。ここでの説得者、宮村峻氏(プロの脱会屋)は、このように言います。 

 「おまえはマインドコントロールされている。おまえは自分の頭で考えられなくなっている。頭が正常に働くようになるまで、ここから出られないぞ」 

 そして、こちらが何か反論すると、「バカ、アホ、悪魔!」という罵声が飛んできます。「態度がでかい!」と言われては、何度も平手打ちされます。 

 「人の話を聞いてんのか!」と言われては、熱いお茶を顔面にかけられます。「目を覚ませ!」と言われては、氷水を背中に流し込まれます。インフルエンザにかかったときは、40度近い熱が続いても、医者にかかることさえもできませんでした。 

 監禁部屋では、毎日毎日、耳を塞ぎたくなるような、創始者・文鮮明師や家庭連合に対する悪口を強制的に聞かされます。自分の命よりも大切な信仰が破壊される恐怖も相まって、その精神的な苦痛は言語を絶します。その苦しさのあまり、いっそのこと死んでしまいたいと思ったこともありました。 

 

2年弱の過酷な食事制裁の後、44歳で解放されて緊急入院

 監禁から9年がたち、40歳になったとき、私は監禁に抗議してハンガーストライキを決行しました。30日間の断食をしましたが、死が間近に迫る恐怖から、断食を断念しました。

 ところがその後、過酷な食事制裁を受けるようになり、その虐待が、ハンスト終了後、約2年弱、続いたのです。

 監禁から12年5か月たった、2008年2月、突然、私は無一文で玄関から外に放り出されました。寒さと飢えから、命の危険性もありました。

 私は、約10キロ離れた、渋谷の家庭連合本部に助けを求めるため、歩き始めました。ところが、長年にわたり歩いていなかったため、途中、足が痛み出し、歩けなくなってしまいました。

 助けを求めて、道行く人に声をかけたところ、なんとその人が家庭連合の教会員であったため、その人に助けられ、私は何とか家庭連合本部にたどり着くことができました。私はこの奇跡的な出会いが、神の導きであったと確信しています。 

 私は、もはや一人で立つこともできず、病院へ緊急入院しました。

 医師の診断によると、「全身筋力低下、廃用性筋萎縮(筋肉を使わないために筋肉組織が退化して小さくなった状態のこと)、栄養失調、貧血」ということで、その後、約50日間の入院生活を余儀なくされました。

 このときは、極度の栄養失調だったのですが、これは私がハンストしたのが直接の原因ではなく、断食したあとにおいて、約2年弱にわたる過酷な食事制裁を受けたためであったのです。 

 31歳で監禁された私は、解放されたときには44歳になっていました。私は退院してすぐに、監禁に関与した者たちを刑事告訴しました。ところが、……。

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 残忍な拉致監禁の実態を知るためにも、ぜひ本誌で全文をお読みください(6063ページ)。また、この発表の映像は、こちらから視聴できます。

  

*編集部から*

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