光言社 編集者ブログ

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2022年02月10日

弁当を使う?

 『祝福家庭』編集部内で、互いの原稿を校正し合っていたときのことです。

 礼さん(女性、二世、20代)が担当した原稿の中の一文「弁当を食べる」に対して、喬さん(男性、6500双、50代)が、「弁当を使う」に直すように赤字を入れたのです。

 「弁当を使う」という言葉に生まれて初めて遭遇した礼さんは、「?」マークいっぱいの顔で、「これ、どういう意味ですか」と私(女性、6000双、60代)に聞いてきました。

 私は、「うーん、『弁当を食べる』と同じ意味なんだけど、今は死語みたいなものだから、ここは『食べる』のままでいいでしょう」と答えました。

 

 私にしても、「弁当を使う」という言葉を知ってはいたものの、自分で使ったこともなければ、人が言うのを聞いたこともありません。

 むしろ、私より年下のさんが、この言葉を知っていたことが驚きでした。

 念のため調べてみると、「使う」には、「それによって用を足すための動作をする」という意味もあるそうです。例文として、「弁当を使う」「産湯を使う」が出ていました。むしろ、「産湯を使う」のほうが、馴染みがあるかもしれません。

 今ではめったに耳にしない言葉であっても、知識として知っておいて損はありません。さんの指摘も、知識を増やすという意味では良かったと思います。

 

 ところで、私が「弁当を使う」という言葉に初めて触れたのは、中学時代に出合い、以来愛読書となった『銀の匙』(中勘助著)という小説だったと記憶しています。

 『銀の匙』は中勘助が東京帝国大学卒業後、1912年(大正元年)に著した処女作で、幼少時代からの思い出を独特の筆致で生き生きと描いた自伝的小説です。

 

 『銀の匙』から「弁当を使う」の部分を引用します。これは、著者が幼少期に連れていってもらった見世物小屋でのワンシーンです。(原文は旧仮名遣いですが、現代仮名遣いに変え、読点を加えて読みやすくしました)

 「気にいった見世物のひとつは駝鳥と人間の相撲であった。ねぢ鉢巻の男が撃剣のお胴をつけて、鳥が戦いを挑むときのようにひょんひょん跳ねながらかかってゆくと、駝鳥が腹をたててぱっぱっと蹴とばすのである。……(相撲の合間に)男がかた隅で弁当をつかってたのを、……駝鳥がこっそり寄ってって、いきなり弁当を呑もうとしたもので、男はあわてて飛びのいた。その様子がおかしかったので、見物人はどっと笑った」

 このシーンの舞台が東京・神田であったからか、私にとって「弁当を使う」は、「いなせな言葉」という印象があります。例えば、威勢のいい江戸っ子の職人が、「ちょいと失礼して、弁当を使わせてもらいやすぜ」みたいな言い方が合うなあと、かってに妄想しています。

 言葉が時とともに変化したり、失われたりしていくのは当然のことですが、寂しくもあります。むしろ、戦前の日本語をご存じの真のお父様や36家庭の先生方の言葉の中に、古き良き、そして正しい日本語を見いだすことがあるのも皮肉です。

 

 現在、編集部内の年の差は親子、もとい、祖母と孫に近いくらい離れています。

 私が礼さんに「『銀の匙』って知ってる?」と聞いたら、「ああ、マンガですよね」という答えだったので、今度は私が「?」となりました。調べてみると、北海道の農業高校を舞台にした同名の学園マンガがあったんですね。

 

 ことほど左様に、世代のギャップを感じることも多いのですが、これがまた面白い! 日々勉強です。

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