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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(100)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
五、愛の減少感

▲金元弼先生

過去を再現して復帰する

 私たちは本当に人類のために、神のためにということで、毎日の闘いをしています。そういう誓い、そういう決心でもってきょうの一日、あるいは今月、あるいは一年後を迎えるに当たって、反省させられるのは、その決心や誓いが、いつも長続きしないで崩れるということです。

 栄光や幸福というのは勝利してから得るもので、勝利というのは闘いを覚悟してのことなのです。

 私たちが世界的な勝利、天宙的な勝利として目指すその目的地は、我々個人が堕落以前の自分に帰ることだと思います。私たちの行き着くところは、堕落をいかに乗り越えるかということです。そうでなければ、いくら私たちにいろいろな高い次元の理想があったとしても、そこには到達し得ないということになります。

 人類の道は、復帰の道です。復帰は、蕩減という過程を通じなければ成立しないのです。蕩減というのは、人間が失敗したことが再現されるのです。失敗した場面が今の時に再現されて、その時に堕落した主人は「私」に相当します。ですから、私が堕落を乗り越えることができたとするならば、人は違うけれども、私によって蕩減されるということになるのです。失敗したその人が蕩減復帰されるばかりでなく、自分も蕩減復帰された勝利者となるので、私一人だけでなく、私によって、私のような人たちが蕩減復帰されていくということです。

 私が失敗した場合には、復帰される恵みの中にあるべき人が、その恵みを失うことになるのです。私の先祖すべてに影響を与え、私によってこれから生まれる子孫にまで影響を及ぼす立場です。

 私たちは、六千年の間に数多くの先祖が失敗したものを、すべて受け継いでいます。私が復帰すれば、今まで行き詰まっていた先祖が蕩減復帰されるのです。私たちが天宙の中心者だということは、私が勝利すれば、私によってすべての先祖が勝利した立場に立っていけるということです。それが先祖の解放、霊界の解放ということです。

 私たちが毎日、「勝利します」と誓うのは、昔、神がアダムとエバを祝福し、こういうようにしてはいけないと掟(おきて)を作った、その掟を守り「勝利します」と誓ったのと同じことです。

 それでは、何が私をして決心を覆す原因となるのでしょうか。結局は、堕落性本性だということになります。堕落性本性の中で一番注意しなければならないことは、神と同じ立場を保ち得なかったということです。自己中心的に行うのではなく、神を中心としてしなさいということです。神を中心とするとはどういうことかと考えるとき、必ず天使長のことを話さなければなりません。

 天使長は、直接、神の愛を受けていました。けれども、人間が造られたあとは、人間を通じて神の愛を受けるようになっていました。そして愛の減少感を感じました。減少感は感じるようになっているので、感じたこと自体は悪ではないのです。ただ、どのように処理していくのかが重要であり、天使長は自己中心にしたから間違ったのです。

 愛の減少感を自己中心的に感じたということは、現代の表現にすると、疎外感を感じたということです。天使長は疎外感を感じたのです。天使長は、「私も直接、神の前に出たいなあ」といううらやむ心から始まって、それを悪い方向に発展させたのです。うらやむ心を自分に帰さないで神に帰するならば、どこを通じてでもいい、人を通じてでも神の前に出たいということになります。その方向であればよかったのです。

 一番神に近い疎外感というのは、「私もああいうふうになりたい」とうらやむ疎外感です。それはいいのですが、方向を自分に帰すると、「寂しいなあ」という心に変わるのです。誰に対して寂しいかというと、神に対して寂しいのです。「神はなぜ、あの人よりも私をもっと愛してくれないのか」という自己中心的に寂しく、嫌だと思う心が発展していくと、呪いとなります。

 呪うということは、関係があるから呪うのであり、関係がなければ呪いもしないのです。それが極端に発展していくと、その限界は「無関係」というところまで疎外感は発展していきます。天使長のその心は、連綿として受け継がれているのですから、神は復帰しなければならないのです。

 復帰するためには、蕩減しなければなりません。その蕩減の過程を通過しなければならないがゆえに、堕落したその事実を再現させて復帰していくのです。

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 次回は、「疎外感に勝利する」をお届けします。


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