https://www.kogensha.jp/shop/detail.php?id=4364

青少年事情と教育を考える 320
「平和学習」の在り方

ナビゲーター:中田 孝誠

 沖縄県名護市辺野古での転覆事故で同志社国際高校の女子生徒など二人が亡くなったことをきっかけに、平和教育、平和学習の在り方が問題になっています。

▲辺野古岬と大浦湾

 文部科学省は、同校が教育基本法第14条(政治教育)に違反すると認定しました。
 14条には、「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。2、法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならない」と規定されています。

 文科省は違反認定した理由について、「これまで把握した限りでは、(同校が)事前及び事後の学習を含めて、様々な見解を十分に提示していたことが確認できず、特定の見方・考え方に偏った取扱いであったと考えられる」ことなどを挙げています。

 これに対して、教員団体やマスメディアの一部が、平和教育を行うことに「現場が萎縮する」と主張していることには強い違和感を覚えますが、それはともかく、教育であれば、その目的を明確にする必要があります。

 教育基本法第一条(教育の目的)は、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」を期して行われなければならないと謳(うた)っています。

 そしてその目的を実現するため、第二条(教育の目標)で五つの目標を達成するよう教育を行うと記しています。
 その一つが「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」というものです。

 ちなみに、201510月に文科省が出した政治的教養教育に関する通知を見ると、教育の目的を「論理的思考力、現実社会の諸課題について多面的・多角的に考察し、公正に判断する力、…公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度を身に付けさせること」にあるとしています。

 その際、特定の見方や考え方に偏った取り扱いで、生徒が主体的に考えて判断することを妨げることがないよう求めています(『高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について』)。
 こうした基準からすれば、今回の文科省の違法認定は妥当と考えます。

 また、文科省のホームページには、中学3年の総合的な学習の時間「『平和』についての対話」という授業の事例が掲載されています。
 韓国やウクライナの中学校とオンラインで交流し、「平和の意味」について多角的な視点で議論し、「平和な社会」をつくるための行動を話し合うという授業です。

 子供たちは、戦時にあるウクライナと日本で平和の概念に違いがあることに気付き、世界中の生徒の多様な視点に触れたことで、より現実的な視点で問題状況を捉え、平和を実現するための具体的な方法や自分たちが取り組める活動を考えるようになったということです。

 同志社国際高校でも、以前は沖縄県の基地のある地元の高校と交流し、当時の生徒たちはそれまで聞いたことがなかった同年代の生徒の意見に触れていたと、亡くなった生徒の遺族が記しています。ただ、この交流はいつの間にか行われなくなったそうです。

 「平和教育」「平和学習」は多くの学校で行われていますが、改めて、教育の目的、多角的な視点と公正な判断力を養うという観点から、今後の教育を考えていく機会とすべきではないでしょうか。