2026.03.10 17:00

シリーズ・「宗教」を読み解く 403
ユダヤ・キリスト教の歴史に見る選民の共同体㉒
神の独り子を見捨てた共同体
ナビゲーター:石丸 志信
イエスが誕生するおよそ100年前には、「七十人訳聖書」と呼ばれるギリシャ語訳聖書が存在した。
故郷を離れ、異邦の地に根を下ろしたユダヤ人たちが増え、ヘブライ語を話せない者たちのためにギリシャ語に訳したものだといわれている。
エジプトのアレキサンドリアでは、ユダヤ人コミュニティーの生活様式にあこがれ、ユダヤ教に改宗する者たちも多くいたのではないかといわれる。彼らもこのギリシャ語訳聖書を必要としたのだ。
この状況は、ユダヤ教が一民族宗教にとどまらず、世界宗教へと発展し得る時を迎えていたと考えられる。
異邦人として生まれてきた者でも、一定の手続きを経てユダヤ教徒に改宗できる時代を迎えていた。
創造主なる神が導くのは、選民として建てられたイスラエル民族に限られたことではなく、選民としての使命は、人類が神の前に兄弟として迎え入れらえるための道を開拓することだったと受け止めることができるようになってきていた。
神の子たるイエスがユダヤの地で宣教を開始する時、イエスの目の前に見えた世界は、自らが犠牲になっても、人類救済のために歩むユダヤ人共同体が、創造主なる唯一の神を中心に、共通の信仰を持ち、ビジョンを共有しながら、精神的絆で結ばれたより大きな共同体へと展開しようとしている状況だった。
イエスは公生涯の初期、安息日には会堂に入って教えを説いている。
それを聞いた人々は感動しながら、「あれはマリアの子ではないか」といってつまずき、会堂から追い出し、殺そうとまでする。
「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(マタイによる福音書 第8章20節、新共同訳)
イエスは弟子たちにこうもらしたことがある。それはご自身の境遇を語っていたのだろう。実際、会堂を追われたイエスは、時には丘の上で会衆を集め、時には湖畔に船を浮かべて、聴衆に語りかけ、彼に取りすがる者に癒やしの業を行っている。
イエスが置かれた状況は、会堂を管理する家令が誤って主人を追い出したも同然だった。
ユダヤの会堂は、神のみ言をその中心に据え、み言を体現した救い主を迎える準備をしてきた共同体の中心だった。その時代、ユダヤの共同体がある所には、世界のどこにでも存在していた。
イエスは単にガリラヤ地方の一会堂から追い出されたのではなく、世界の会堂から拒絶される結果となった。
公生涯の終わりが近づいた時、イエスは律法学者たちに向かってこんな例えを語って問いかけている。
ぶどう園の主人が耕作を任せた農夫たちから収穫を受け取るためにしもべを送ると、農夫たちがそれを殺し、最後に息子を送ると、その息子までも外に放り出して殺してしまった。主人はこの農夫たちをどうするだろうか。
世界に版図を広げていた共同体であったが、迎えるべきかたが分からず追い出してしまったために、その共同体は困難な状況に置かれ、世界宗教としての発展を閉ざされてしまった。
そこから、神は新たな民族を選び立てていくことになる。
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