2026.02.24 17:00

シリーズ・「宗教」を読み解く 401
ユダヤ・キリスト教の歴史に見る選民の共同体⑳
ナビゲーター:石丸 志信
エジプトの奴隷のくびきにあったイスラエルの民を解放した神は、モーセを通して、こう語っている。
「このように、ヤコブの家に言い、イスラエルの人々に告げなさい、『あなたがたは、わたしがエジプトびとにした事と、あなたがたを鷲(わし)の翼に載せてわたしの所にこさせたことを見た。それで、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となるであろう』。これがあなたのイスラエルの人々に語るべき言葉である」(出エジプト記 第19章3~6節、口語訳)
この時、創造主なる神から「わたしの宝」「聖なる民」となると約束されていた。
神からの律法を受け、約束の地、「乳と蜜の流れる地」でこのように生きよと教えられた「選民」は、おのれの幸福を求めるのではなく、「祭司の国」となって神と人とをとりなす役割を果たすべきものであることを告げられている。
その民は、この意味をどこまで理解し、どこまでその名にふさわしい行動をしただろうか。
荒野を越えて、これから約束の地に入ろうとする民に対して「かたくなな民」だった、「あなたたちは、エジプトの国を出た日からここに来るまで主に背き続けてきた」(申命記 第9章7節、新共同訳)と厳しい言葉を投げかける。
それは新しい出発の時、カナン入国を前に、心正しこの民のあるべき姿を悟らせるためでもあった。
しかしながら、選民の歩む道は平たんではなかった。
異教の文化の中に入り定着し、理想を実生活の中で形あるものにしていくにも困難を覚え、いつしか神から離れ、理想とはかけ離れた生活に堕する。
そんな時、試練が襲う。王国を建て、都に神殿がその基を据えても、民の心が揺れ、選民としての一体感が失われると、再び大きな試練が襲う。
彼らの守りであった国が滅ぼされ、神と民との絆であり精神的支柱たる神殿さえ崩壊してしまう悲劇に直面し、またしても、異邦の囚(とら)われ人となる。その身を嘆き、涙を流すうちに悔い改めが起こり、再び顔を上げて神を呼び始める。
その時になって救いの手は差し伸べられ、解放と帰還、再建が始まる。しかし失われたものを再び取り戻すのは容易なことではなかった。
神殿の再建、その上で、国家の主権を取り戻すまでにどれほどの時間がかかっただろうか。その間にどれほどの血が流れただろうか。
「殉教」と聞くと、ローマ帝国治世下の使徒たちをはじめとして、キリスト教徒のことを思い浮かべるが、ハスモン家が独立を勝ち取るまで、多くのユダヤ人がその信仰の故に血を流し殉教を遂げている。
ことごとく選民の歴史は苦難に満ちたものだった。それはまた、神が「わが宝」と呼ぶにふさわしいものとなるための訓練であったのだろう。
その訓練を通して初めて、イスラエルの民自身も「選民」としての確かな自覚と使命感を抱くことができたのだろう。
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