2026.02.17 17:00

シリーズ・「宗教」を読み解く 400
ユダヤ・キリスト教の歴史に見る選民の共同体⑲
王を待ち望む共同体
ナビゲーター:石丸 志信
マッティアの息子イェフタ(ユダ)はセレウコス朝シリアの軍勢を打ち破って聖都を異教徒の手から奪還し、偶像にまみれた神殿の宮潔(みやきよ)めを行った。その武勇から彼はマカバイ(ハンマー、鉄つい)とあだ名され、ユダヤ人からは尊敬され、敵からは恐れられた。
聖書には、「神殿を清め、新たな祭壇を築いた。そして火打ち石で火を取り、二年ぶりにいけにえを献げ、香をたき、燭台に火をともし、パンを供えた」(マカバイ記 二 10:3、新共同訳)と、その日の出来事を記し、毎年この日を祝祭として記念するよう公布した。
ユダヤ教の冬の主要な祭りハヌカは、まさに宮潔めを記念する祭りとして今日も祝われている。
くしくも、ハヌカはキリスト教で主の降誕を記念するクリスマスの祭りと時期を同じくしている。
さて、四半世紀にわたるマカバイの反乱が勝利のうちに終結し、イェフタ亡き後を引き継いだシモンによってユダヤ人による独立国家を回復した。神の民であるユダヤ人がバビロン捕囚から解放されておよそ400年の後のことであった。
シモンが主権を回復した時、彼が得た称号は「大祭司・民族支配者・ユダヤ軍最高司令官」であって、「王」の称号を冠することはなかった。それは、来るべきかたを迎える位置にとどまり、王座はメシヤのために空けておいたのである。
こうして始まったユダヤ人共同体のハスモン朝であったが、決して平穏な時を過ごすことはなかった。
ヘレニズム文化の影響を排除し、かつてのイスラエル王国の版図を回復しようとする為政者の動きと、それまで為政者を支えながら民の精神的指導者の役割を担ってきた敬虔(けいけん)主義・パリサイ派の離反。シモンの孫ヤンナイが「王」の称号を用いるようになり、両者の対立は一層深刻なものとなった。
次の代には、兄弟間の後継争いが勃発、その間に、力をつけてきたローマ帝国がパレスチナに介入することになる。
紀元前37年、この地の覇権を握ったのがイドマヤ人ヘロデだった。ローマ帝国の威光を借りてユダヤの王となった。
この王は、純粋なユダヤ人でもなくましてやハスモン家の家系でもなかったので、ユダヤの民からは信頼されず、嫌悪されていた。
王は民の支配を冷徹かつ巧妙に進めた。
ヘロデはユダヤの王としての正当性を主張するためハスモン家の娘を第二夫人に迎えている。
また、多くの歳月を費やしたエルサレム神殿を壮麗な神殿へと増改築した。
日常、ユダヤの律法を遵守(じゅんしゅ)しているように振る舞ったが、その内実、宮廷生活は極めてヘレニズム的だった。
こうした情勢の中、ヘロデ大王の治世の末期、この地にイエスが誕生する。
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