2025.05.27 17:00
シリーズ・「宗教」を読み解く 366
母なるものを慕い求めて⑩
聖女の伝統~リジューの聖テレーズ
ナビゲーター:石丸 志信
聖女マルガリタ・マリア・アラコク(1647~1690)が「イエスの聖心(みこころ)の啓示」を受けてから200年後の1873年、フランス、ノルマンディー地方の町アランソンに住む信仰深い両親のもとにテレーズ(1873~1897)は生まれた。
幼くして母親を亡くした彼女の心には深い悲しみが刻まれた。愛情深い父親と姉たちに支えられていたが、母親代わりの長姉が修道院に入ると、二人の姉たちも続いて修道女の道を歩むようになり、彼女一人家に残された。
幼いながら自らの使命を神に祈る中、14歳の頃には修道女になることを願うようになった。
彼女の意志は固かったが、年齢がまだ幼いことを理由にすぐには許可されなかった。15歳になって、司教の特別な許可が下り、リジューのカルメル会修道院に入会が許された。
「幼きイエスと尊い面影のテレーズ」(幼きイエスの聖テレジア)という修道名を選んだ彼女は、イエスへの愛を一層深めていった。
病弱だったが、彼女は厳格な修道生活に喜びを覚え、共同体の姉妹たちには常に笑顔で接していた。10年に満たない修道生活を送った後、病のために24歳で天に召された。
観想修道院であるカルメル会の修道女たちは、外界との接触を断って修道院内で人々のために祈ることに徹していく。
それ故、テレーズも世の人々に知られる存在ではなかった。ところが、彼女の死後、彼女が書き遺(のこ)した『自叙伝』が刊行されるや、多くの人々の心に深い霊的感化を与えるようになった。
1925年、没後30年足らずでカトリック教会の聖人の列に加えられた。
1997年、教皇ヨハネ・パウロ2世は「愛の知識の専門家」として「教会博士」の称号をテレーズに与えた。
清貧に徹する目立たない修道生活でテレーズが抱いた夢は、「イエスの花嫁となり、人々の母となること」(『女性の神秘家・教会博士』教皇ベネディクト16世著 カトリック中央協議会司教協議会秘書室研究企画翻訳 ペトロ文庫、227ページ)だった。
彼女の内的生活においては、その夢がかなうよう、花婿であるイエスをひたすら愛するとともに、花嫁としてイエスと一つとなって罪人に愛を傾けていった。
テレーズが祈りの内に見いだしたのは、「イエスの渇き」だった。
「…『わたしは渇く』という十字架上のイエスさまの叫びが絶えまなく心に響き、この言葉はわたしのうちにかつてない激しい熱情の火をつけました…。わたしは愛する御方に飲ませてあげたかったのですが、自分自身もまた人びとに対する渇きにさいなまれるのを感じました…。(自叙伝134)」(『イエスの渇き―小さきテレーズとマザー・テレサ』ジャック・ゴティエ著 伊従信子訳 女子パウロ会、30ページ)。
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