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青少年事情と教育を考える 245
“人権”が示されていない道徳教育

ナビゲーター:中田 孝誠

 「いじめ防止対策推進法」が施行されてから10年になります。2013年に大津市で起きた中学生いじめ自殺事件が制定の大きなきっかけになりました。
 また、いじめをどう防ぐかが一つのきっかけになったのが、道徳教育の教科化(「特別の教科 道徳」)です。

 今回は、その道徳教育について、人権の観点から考えたいと思います。

 この点について触れている興味深い本を紹介します。
 『誰が「道徳」を殺すのか』(新潮新書)という本です。著者の森口朗氏は東京都の学校勤務を経験し、多くの著作を書いています。

 著者は本書で、道徳教育の中で教えられていることと教えられていないことを、海外の道徳教育と比較しながら述べていますが、その中で日本の道徳教育の項目に「人権」が存在しないと指摘しています。
 確かに、道徳の学習指導要領には「自分と異なる意見や立場を尊重する」という表現はありますが、「人権」という言葉や定義は見られません。

 著者は、これが道徳教育の大きな欠損だと述べています。
 なぜなら、どの国の道徳教育でも共通の目標といえるのが「他者を鑑みる」こと、つまり相手の人権を尊重することだからです。
 相手の人権を考えることは最も重要な道徳の目標の一つになるべきであるにもかかわらず、戦後教育の中でそれがゆがめられてしまい、むしろ人権教育と道徳教育が対立する構図があったというわけです。実際、人権教育を進める人からは、道徳教育を否定する声が多くありました。

 もう一つ著者が指摘しているのは、日本の人権教育がゆがんでしまった要因として、日本の教育界が宗教に向き合ってこなかったことに問題の根本があるということです。
 そして人権の根拠としてロックの「自然権」(人が自然権を持つのは創造主である神が人を平等に造ったから)を取り上げながら、日本の道徳も人権も信仰から逃げてきたと指摘しています。

 「特別の教科 道徳」では「人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深める」とありますが、著者によれば教科書や副読本には自然への畏敬が目立ち、宗教自体を避ける傾向があるといいます。

 いじめの解決には、何より他者を鑑みる、他者の人権を尊重することが重要です。また、人権の出発点には「神から与えられた」という思想があります。そうした意味で、道徳教育の在り方を考えていく必要がありそうです。