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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(116)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
八、悔い改めた時は出発した時と同じ

▲金元弼先生

人の前に立つということ

 み旨のために苦労している皆様に会えるということは、非常にうれしく、感謝です。しかし、何の準備もなく皆様にお会いするのは、とても心苦しく、負債を負ったような感じがします。

 皆さんは、なぜそんなことを言うのだろうと思われるかもしれませんが、自分以上にみ旨に励んでいる人の前には、なかなか立てないものなのです。私の中に、それ以上の心を尽くした基準をもっていなければ、出ることは難しいのです。一生懸命み旨に励んでいる皆さん自身は分からないかもしれませんが、第三者から見れば、皆さんがみ旨に励むということは、皆さんに近寄れないような作用をしているのです。皆さんが、いかに重要なことをしているかが分かるでしょう。

 きょう守山修練所で行われた壮婦の修練会に行ってきました。その帰りなので、研修会、修練会、あるいは復興会、大会について、一つ考えてみたいことがあります。

勝負と勝利

 私たちは、このような集会を通じて、いろいろ刺激を受けて自覚し、頑張ろうと決意をするものの、それが長続きしないで、すぐ挫折してしまうことがよくあります。決意しても挫折します。悔い改めて、また決意します。それを何度も繰り返します。私たちはこういうことを通じて、自分の心霊、信仰が徐々に高まって、発展しているように思います。しかし同じようなことが、悔い改めても何度も起こるのです。このことを考えてみましょう。

 分かりやすく話します。勝負には、一本勝負というものがあります。一本勝負で負けた人には、もっとこうすればよかった、こうすれば負けずに勝ったのに、という未練があるのです。ですから大抵、競技は、一本で決まるのではなく、三本で決まります。そして勝率が21の時に勝負が決まるのです。

 普通、私が一本負けて次に勝ったとすれば、その立場は、勝った立場ではなく、勝負をつける前の状態と同じです。負けて、次に勝ったのは、勝っている立場でなく、負ける前の状態に立ち返ったのです。そして続けて勝った時に、初めて勝った立場に立つのです。

 このことを考えながら聞いてほしいと思います。私たちはみ旨を中心として、必ずこの課題を成し遂げると心に決意します。その時の私たちの位置は、A点です。この位置から、この課題を成し遂げようと努力して、ある期間を通じて成就していくのです。ところが、この課題を成し遂げる過程において失敗することがあります。B点で失敗したとすると、失敗したその立場はどのようになるかというと、A点から出発してB点まで上がって落ちたのですから、落ちた所はA点だと思う場合が多いのです。ところが、そうでないのです。落ちた所はA点ではなく、もっと下のC点になるのです。

 C点まで落ちた人は、A点まで上がっていかなければなりません。ところが自分自身で落ちたのですが、なかなか自分の力ではA点までたどり着くことができません。ですから失敗した人は、心霊の復興とか、み言を受けたり、あるいは集会に出てその雰囲気に触れたり、いろいろなことをすることによって、「あっ、これは私が間違ったんだ。よくやろう、今度はしくじることがないように、頑張ろう」と心に決めるのです。そう決意した位置はどこかというと、結局は、A点に帰ってきたことになります。

 私の説明が分かりにくいかもしれませんが、これをよく知っていただきたいのです。C点まで落ちた人が復興会を通じて、「あっ、こうしてはいけない」と悔い改めました。そうしたら、その位置はB点に来ていると考える人が多いのです。ところがB点ではなく、A点に立ち返ったことにしかならないのです。この課題を成就するには、さらにD点まで上がっていかなければなりません。

 A点からB点まで上がってくるには、ある人は一週間、ある人は1カ月、ある人は1年間と、人によって違いますが、ある期間がかかるのです。この期間が1年かかったとしましょう。1年かかったけれども、登りきれず、成し得ずに失敗して、C点まで落ちてしまいました。それで悔い改めて決意したその位置は、A点です。この期間が3カ月かかったとしましょう。そうすると、決意して出発したのは13カ月前ですが、今いる位置は結局13カ月前に出発した、その原点にまだいるのです。

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 次回は、「信仰歴と心霊基準」をお届けします。


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