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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(76)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
一、何よりも神のものを愛する

▲金元弼先生

先生の道は我々の伝統

 韓国には鄭鑑録(チョンガㇺノㇰ)といって、今から六百年近く前のもので、韓国の国運を予言した予言録があります。それは今この時に、キリスト教でいう再臨主が、韓国に再臨すると予言しているのです。そして、その時が終末であるというのです。

 ところがおもしろいことに、その予言録には、最初に入った者が不運であると書いてあり、また、遅れた者も不運だと書いてあります。一番良い時に入るのがいいという話です。

 最初に先生に出会った人は開拓期ですから、たくさんの迫害を受けました。それに耐えきれずに途中でやめる人が出てきたのです。ところがどんどん発展して、真の姿があふれるように見える時には非常に入りやすく、出ようとしても出られない、というのです。しかし入教した人々への祝福も、いつまでもあるのではなく、期限があります。それが終わった時に入ってきた人には、祝福も何もありません。

 それと同じく、最初に入った人でも、その時期は非常に厳しくてなかなかついていけず、私たちのように献身的に歩む者になれないで、背後に立って生活をしながら先生に侍るという状態にいました。今からもう、28年くらい前のことです。その人たちは、もう60歳を過ぎています。

 今、献身的に歩もうとしても、子供がたくさんできて生活が苦しく、なかなかそのようにできない立場にいるのです。自分の後輩たちはみんな教会活動をやっているのに、自分は実績も何もないので、良心の呵責を受けながらいます。先生のことは分かっていても、私たちと一緒になって走れない理由は、そこにあるのです。

 私たちはそういう人たちのおかげで、三次七年路程の中に入って祝福を受けたということです。かけがえのないものです。これが終了した時には、先生が直接には祝福なさらないと言っていらっしゃいました。これは大変なことです。その時になって入る人たちは、私たちをどんなにかうらやむことでしょう。例えて言うなら、二千年前のイエス様の弟子になるのがいいか、お弟子さんの弟子になるのがもっといいかということです。

 最初のころは開拓期なので、いろいろ手が届かなかったのですけれども、これからはそういうことがないように、世界の巡回師をして、先生の伝統を立たしめるようにしていきます。先生がこの道をどのように歩まれたのかという路程が、我々のすべての伝統になるのです。先生は神が行かれた道を、そのとおりに行かれるからです。

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 次回は、「どのように叱るか」をお届けします。


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