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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(15)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第一部[証言]先生と歩んだ平壌・興南時代
一、平壌開拓の日々

▲金元弼先生

大同保安署へ連行される

 先生が46年に北に来られてから約45カ月たったころは、毎日のように礼拝や集会がもたれ、朝早くから夜遅くまで涙に満ち、霊的雰囲気が高まっていました。それで、静かではなかったのです。村の人たちは、この集団はどういう人たちが集まって、何をしているのだろうと、相当気をつけて見ていました。

 先生は南から北に来られた時に、身分証明書も何も持っていらっしゃらなかったので、村の人たちは、李承晩(イ・スンマン)大統領が、外形は牧師というかたちで密使として送ってきたのだと疑いをもち、46811日、先生は保安署(警察署)に連行されるようになりました。先生が連行された大同(テドン)署では、先ほどお話しした腹中教の幹部の人たちが、全員連行されていて、調査を受けているその時でした。その幹部たちは、神の啓示にあったように、全員が教会に集まっていて、その所へ警察の幹部がやって来て、その人たちを警察署に連行したのです。その時は、共産党が主権を握っていたのですが、「自分たちを迎える」というのですから、彼らは、再臨の主が来て自分たちを迎える、と解釈していました。ところが、共産党の官吏が彼らを迎えて、警察署に連行したのです。
(腹中教幹部拘禁事件)

 その人たちがなぜ投獄されるようになったかというと、彼らは自分の家財を全部売って、ただひたすらにメシヤを迎え入れるためにすべてのものを準備したのです。ところが共産党は、それを逆にとらえて、集団の責任者が、何も分からない人をだまして財産を全部奪い取り、また信徒のお金をだまして全部自分のものにしたという口実をつけて、全員を投獄したのです。共産党は、地主や資本家が貧しい農民や労働者を搾取することに対して非常な敵意をもち、それでもって大衆を団結させるのです。ですから、宗教の宗主が何も分からない人たちをだましてお金を着服した、という理由で捕らえたのです。

 彼らは、もう一つ大きな調査を受けました。
 イエス様が腹中教の責任者に現れて啓示する時には、おなかに子供がいて動くような、そういう兆候が必ずあるはずです。信徒はそれを信じていました。調査官は、いくら調べても着服した事実がないので、その口実を今度はそこへ向けて、「おなかを通じて神の啓示があるということを否定するならば、全員釈放してあげよう」という二者択一を迫ったのです。彼らは、長年の間そういうことを絶対的に信じていました。それを否定しなさいということですから、それは死ぬことと同じです。

 そこで、女の人を連れ出して、戦争中に日本軍が韓国人を拷問したのと同じような形で、ひどい拷問を始めました。その女の人は白い着物を着ていましたけれども、その白い着物のすべてに穴がポンポンポンとあくほどに、あまりにも殴られたので、死んでしまうという悲惨なことが起こりました。そのように拷問をされながらも、絶対に信仰を曲げなかったのです。

 先生は、腹中教の幹部たちが収監されていた部屋に入れられました。先生が入ると、その部屋にいた腹中教の幹部の一人(黄元信 ファン・ウォンシン)は、誰なのか分からないけれども、先生に非常に心が引かれて、自分たちの集団の歴史のすべてと、自分の心のすべてを先生にお話ししました。先生は、幹部の人の話をずーっと聞かれて、非常に哀れみながら、その人になぜそういうことが啓示されたのかを原理的に教えてあげながら、「あなたは、まずそれを否定して出ていくようにしなさい」と教えました。そこで彼は、先生のみ言どおりに(腹中教を)否定して牢屋から出ていくことができました。しかし、牢屋にいる時の拷問があまりにも激しかったので、彼はのちに死んでしまいました。

 先生は、腹中教の責任者である婦人(許〈ホ〉ホビン)に、何とかして手紙を渡して、彼女が出られるようにしなければなりませんでした。そこで、留置されている人には全員に弁当が与えられますが、その中の底のほうに小さなメモを入れました。もし、それが見つかれば大変なことです。先生御自身も、スパイの疑いをかけられて、そこに入っていて大変な拷問を受けられていた時でした。

 では、そこには、どういうことが書かれてあったのでしょうか。その手紙には、まず「腹中教を否定して出ていきなさい」と書かれ、そして終わりに、「これを書いた人がどういう人であるか、神にお祈りしなさい」と書き加えられていました。

 のちにそれが発見されて、先生は大変な拷問を受けました。その当時は、日本が韓国を植民地として支配していた時に韓国の人たちを治めていた、そのやり方で拷問したのです。耐え切れないほどの拷問を受けて、歯は折れ、たくさんの血を吐きました。約80日から100日くらい拷問されたのちに無罪とされ、461121日、牢屋から出るようになったのです。けれども先生は瀕死の状態で、たくさんの血を吐きました。そこで先生の周りに集まっていた食ロたちは、死んでしまわれるのではないかと、心配してお世話しました。

 結局、そのリーダーは、先生のメッセージのとおりにはしませんでした。そこでそのリーダーとメンバーは、六・二五の韓国動乱の真っ最中に、全員殺害されてしまいました。今まで長い間、直接の啓示によってすべてをなしていた彼女にとって、その啓示を否定することは、死ぬ以上に難しいことでした。しかし、牢屋の中で再臨の主を迎えるようになるだろうと啓示されたことを考え、また「手紙の主が誰であるかお祈りしなさい、書いた人が誰であるか神にお祈りしてみなさい」という、そのことを、その婦人が本当に思い浮かべたとするならば、今お話ししたような失敗はなかっただろうと思います。

 結局は、全員強制労働所に送られて、2年後に動乱が起こり、全員虐殺されてしまったのです。
 神の啓示のように、「あなたたちを迎え入れる人がいるでしょう」と言われたとおり、迎えたはずです。それは迎えることによって、次のみ言に合わせるためです。というのは、春香が自分の約束の人と牢屋で会えるようになるだろうと言われたように、その人たちを牢屋にぶち込む者がいなければならなかったのです。それによって「メシヤを迎え入れる」というみ言のとおり、約束のとおりにするためであったのです。

 では、その婦人のリーダーが失敗した点とは何でしょうか。それは、弁当の中に入れたメモに「否定して出なさい」、「これを書いた人は誰か」と書かれていたことを神にお祈りしなかったことです。神に祈ることは、霊能者や指導者がつまずかないために、一番重要なことです。

 謙遜に、素直な心で神にお祈りしたとすれば、神は必ず答えてくださったはずです。それは、乗り越えなければならない個人の責任分担です。これが非常に恐ろしいことなのです。神が何年も何年も教えてくださっても、それができないときには、全部が無になってしまうのです。

 では、なぜ、その人がそれを乗り越えなければならなかったのでしょうか。なぜ神は、それを願ったのでしょうか。神の啓示があれば、誰でもついていくことができます。しかし、その最後のお祈りによって、今まで神が啓示したものは、神がお告げしたということではなく、自分で解決したという結果をもたらせたかったのです。

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 次回は、「霊能者の入教と悩み」をお届けします。


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