2026.06.01 22:00

スマホで立ち読み Vol.43
『子女と向き合うことは神様と向き合うこと』3
蝶野知徳/著
『子女と向き合うことは神様と向き合うこと』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週月曜日にお届けします。
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第一章 神様から出発する子育て
“祝福の子女”という存在は、歴史的に見て、神様の悲願と言えます。その誕生した背景は、明らかに神様です。彼らは、真実でない世界に対するときに、心霊的な枯渇を一般の子供とは比較にならないほど強く感じる傾向にあります。満たされないときに表現する態度が、周囲には問題行動のように映り、誤解を与えることさえあります。
常に愛に敏感であるがゆえに、親に対して厳しい目で見ることもありますが、その厳しさ自体が、実は神様から来ているものでもあるのです。この理解がとても大切です。
お互いが偽りなく「真実」に結び合いたいという本性的な強い欲求は、それを願う神様から来た性質なのです。ですから、祝福子女がただ世俗的な交友関係の中で周りに合わせて生きてみても、本当に息苦しく、表現できない矛盾を感じることが多いのです。
問題は、そのようなときに彼らが示す態度自体ではなく、子女がそのような事情を一人で抱えて孤独になってしまうことです。そうならないように、兄弟間や祝福子女同士で、その内情を共有して励まし合える環境があったり、または親がそれを受け止めて共感してあげられるのであれば、問題はないと思います。
私たち父母が、そのような祝福子女の持つ背景を理解できず、親自身の感覚や感情のみで関わり続けた場合、子女は自身の中にあるその性質をどう扱ってよいのか整理がつかなくなることがあります。抱えている葛藤が何ゆえのものであるのかが明確になるだけでも、自分自身を見失わずに済みます。そのためにも、子女自身に神様の子女としてのアイデンティティーが形成されていくように、導いていくことが望まれます。具体的には、子女の本性を発見したら、それが神様からのものであると、その都度、教えてあげることです。
「あなたがお友達を助けてあげたとき、お友達も喜んだだろうけれど、あなたもうれしかったでしょう? それがあなたの中にある神様の心なんだよ」
「あなただけは、あきらめないで最後まで頑張ったんだね。パパ(ママ)は感動したよ。神様もそういうお方なんだよ」
「お友達と言い合ってケンカになったけれど、あとで嫌な気分になったんだね。それはね、あなたのその心が神様から来ているからなんだよ」
このようにして、「神様によって生まれた私」であることを、言葉で教えるという以上に、本人自身の行いを通して自覚させてあげるのです。それが教育において最も貴いことなのです。
祝福子女には、一度、親との関係の中で確認できた愛があれば、同じことを親に二度と求めない傾向があります。いつまでも同じ次元の情をダラダラと求めずに、次の段階に自分で上がっていくということです。血統において、神様の情が根本にあるからです。親を慕う「子女の愛」の中に、神様の愛の要素が豊富に含まれているのです。本性が求めているものに自身の体験が一致すると、そのようになるのです。そして、瞬く間に親を超えていくようになります。それが神様の背景を持った祝福子女の特徴なのです。
《ここが大切!》
*祝福子女の性質や行動は、神様の背景から来るもの
*「神様によって生まれた私」を体験させる
《分かち合おう》
子供の行動の中で、これは神様から来たものであると感じた経験があるか、振り返ってみよう。
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次回は、「子女の本性が願うこと」をお届けします。お楽しみに!