世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

EUを攻略する中国
投資協定の大枠合意

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は昨年12月28日から今年1月3日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 米国で「チベット人権法」が成立(12月28日)。米ボストンでリンカーンの像撤去~差別反対の声で(29日)。台湾密航図る~香港活動家に実刑(30日)。EU(欧州連合)と中国が投資協定に大枠合意(30日)。英、EUから完全離脱(1月1日)、などです。

 昨年12月30日、EUと中国がオンライン形式の首脳会談を開催し、投資協定の大枠合意がなされました。双方の企業が互いに進出する際のルールを定める協定ですが、中国が年内の合意に強い意志を示して実現しました。
 同協定は、締結に向けた交渉が2013年に始まり、2020年内の合意を目指していたものでした。

 合意のポイントは、
◇中国の電気自動車、通信機器などの各分野でのEU企業の参入拡大を認める
◇技術の強制移転を禁止
◇中国の国有企業への補助金の透明性向上を図る
◇中国は、国際労働機関(ILO)基本条約の批准に取り組む
 などとなっています。

 強い動機は中国側にありました。
 新型コロナウイルス感染拡大による孤立状況を打開したい中国が、バイデン米次期政権発足を前にEUを取り込むため、人権問題などで「譲歩」したと見られるのです。

 ル・モンド紙(フランス)は30日、「強制労働問題への取り組みが限られているのに、EUは協定を受け入れた」と懸念を示し、ニューヨーク・タイムズ紙(米国)は同日、「人権や新型コロナ対応への批判で孤立する中国にとって、地政学的な勝利だ」と評しています。

 EUの弱みに中国が付け入るかたちで大枠合意に至ったと言わざるを得ません。
 EUの弱みとは厳しい経済状況です。コロナ禍で域内経済が大打撃を受け、さらに英国の完全離脱によりEU全体の経済的影響力も低下が予想されるのです。

 急回復に転じた中国市場への参入を拡大し、域内経済を立て直そうとの狙いですが、特にドイツは中国の自動車市場で大きなシェア(占有率)を持っており、協定の締結は大きな成果につながるのです。

 中国が「譲歩」したとされる人権問題に関してEUの声明では、中国は強制労働を禁じたILO基本条約の「批准に向けて取り組む」ことに合意したと記されています。

 これまでの交渉過程で、新疆ウイグル自治区での強制労働疑惑が浮上する中、EU側では交渉妥結で「中国に外交的勝利を与えていいのか」との声が強く、フランスは中国による基本条約の批准を協定締結の条件とする方針を示していたのです。

 さらに中国の不公正、不透明な経済慣行について声明は、中国が参入する企業に技術移転を強制する慣行を改善すること、国内企業に対する補助金の透明性を高めることを受け入れたと明記されました。

 EU側が中国側の「譲歩」が実行されると考えているとすれば、外交的敗北です。
 トランプ政権が制裁関税による「貿易戦争」を展開しているのは、ルールを守るという約束が一度も果たされたことはなかったからです。

 このままでは、やはり中国に外交的勝利を与えることになってしまったとの批判は避けられません。
 協定は年内(2021年)の発効を目指すこととなっていますが、ルール順守を実行たらしめる対応が必要になってくるでしょう。