世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

英EUの自由貿易協定合意

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は12月21日から27日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 米、中国当局者に追加ビザ制限~人権侵害の疑い(21日)。英新型コロナ変異種感染拡大で入国制限40カ国超に(21日)。英とEU(欧州連合)がFTA(自由貿易協定)大筋合意(24日)。安倍前首相、国会答弁を謝罪~衆院議運委で(25日)。コロナワクチン接種~EU加盟国で始まる(26日)、などです。

 英国とEUとの自由貿易協定が12月24日、合意しました。
 EU離脱の「移行期間」が今年いっぱいという制限の中で幾度も延長されましたが、コロナ禍の再拡大による経済悪化が深刻になる中で双方の「妥協」が促された結果と言えるでしょう。

 このシリーズでも何回か取り上げましたが、合意の壁となったのは「漁業権問題」「公正の競争条件」「合意が破られた場合の措置」でした。

 合意のポイントは以下の内容です。
◆従来の無関税、数量無制限のFTAを維持
◆英EUともに政府補助金や環境基準などを独自に規定
◆企業の競争条件に不平等が生じた場合、対抗措置が可能
◆5年半で英海域におけるEU船の漁獲量25%を削減。その後は毎年、漁獲量を交渉する。
◆航空機や運送業者のトラックの往来はほぼ現状維持
 など

 英とEU、双方が目指したのは10月(昨年)合意でした。遅れた理由は「主権回復」にこだわる英国の姿勢があり、EU側もまた、加盟国の結束のためには脱退した英国に「いいとこ取り」を許したくないという思いも強くあったのです。

 しかし交渉中に欧州、全世界がコロナ禍に襲われました。
 最終盤、英国では変種の感染拡大も発覚し、これ以上の負担を経済や社会に与えるのは現実的ではないとの判断が可能になったのです。

 これから予想されることを述べておきます。
 まずEUですが、「国連安保理メンバーで核を持ち、外交にたけてきた英国の離脱は地政学的にEUの力をそぐ面がある」(仏、リール・カトリック大 チェリー・ショパン教授)との指摘は当たっていると思います。

 英国は今後の外交・経済戦略として「グローバル・ブリテン」を掲げるとジョンソン首相は述べています。
 EU以外との関係強化を目指し、まず日本との貿易協定で合意しました。今後はさらに歴史的なつながりの強い英連邦の国々、米国、新興国との関係再構築に向かうものと思われます。
 しかし短期的には国際的な影響力低下も避けられないでしょう。

 自由貿易協定が締結されても、英国にとって人の移動の制限や金融規制など、EUの単一市場を抜けるデメリットは大きく、景気回復には「重し」になりそうです。
 英国の主力産業で、「経済規模が漁業の169倍」(ロイター通信)とされる金融サービスでは、英国に有利な取り決めはありませんでした。

 漁業権問題は、「主権回復」という国民に分かりやすい象徴的テーマでした。しかし経済的影響は小さいのが現実です。

 今後金融面では、英国の金融業者がEU加盟国で営業できる「シングルパスポート・ルール」が適用されなくなることも正式に決定されました。各社は規制対応などでコスト増を迫られる可能性も出てきます。

 さらに1月から、年収や学歴による「ポイント制」のビザ審査が開始されます。EU加盟で増えた移民労働者を抑制する狙いですが、多様な人材確保が難しくなる可能性も指摘されています。

 税関への申告書類の提出や国境での物品検査が加わります。来年以降、英国ではEU向け輸出のための税関申告が年に2億回を超え、税関業務の従事者が、新たに5万人必要とされるといわれます。

 そしてコロナ禍もあり、スコットランドの独立運動も再燃する可能性も出てくるでしょう。いずれにせよ、大混乱を回避できたことは歓迎したいと思います。