私の心の中にいる神様 44
「私がお前をそこに送った」

 良心との対話で、ワクワク感が止まらない!
 真の父母様が、「第二の神様」であると言われた“良心”。自分の心の中にいる神様―良心―と対話(瞑想、祈り)することによって、自己中心的な思いに囚われていたことに気付き、本然の自分を取り戻していくことができます。
 そんな真の父母様のみ言と解説、それに基づいた実践(ワーク)を軸に展開されている自己牧会プログラムの中で多くのかたが感じた体験をお届けします。

「私がお前をそこに送った」

 国際祝福を受けてヨーロッパに嫁ぎ、片田舎で暮らす日本人です。
 夫が教会を離れて20年、次男が引きこもって10年たちます。祝福家庭として希望を持って出発したはずでしたが、願いがかなわない現実に気持ちがふさがる日々でした。

 そんな中、自己牧会プログラムに出合い、ワークの実践が始まりました。
 「良心との対話」のワークや「光を投げ放つ」ワークなどに取り組むうちに、少しずつですが、自分でも気付かなかった心の傷、浅はかな思考、固定観念などに気付くよう導かれました。
 それらの全てを、「本然の私とは何の関係もありません」と言いながら、一つ一つ下ろしていきました。

 ですが最初は、いくら下ろしたつもりでも、現実の状況の変化を期待せずにはいられませんでした。
 「私は一体どうしたらいいのだろう? この田舎で私は何をやっているのだろう?」
 全てに限界を感じ始めました。

 そうして祈り求めた時、神様が「私がお前をそこに送った」と言われました。はっとしました。
 それまで私は、独り身となった夫の母と生活を共にするためにここに引っ越したと考えていたのですが、その言葉で、「ああ、神様が私をここに送ってくださったのか」と初めて気付いたのです。
 「これが良心の声だったのだ」と感動するとともに、以来、神様が私を通してなされることに心を合わせようと思えるようになりました。

 自己牧会プログラムのセミナーで、
 「願いがかなわないのは誰かを何かを否定しているから」
 「今の状態は自分がつくり出したもの」
 という内容に触れたとき、ぱっと開かれた感じがありました。まさに“目からうろこが落ちる”という感覚でした。

 表面的には夫を愛し尽くす努力をしていましたが、心の奥底では、真の父母様を受け入れない夫を否定していました。
 息子にも母として愛を投入してきたつもりでしたが、心の深くでは、「息子は幸福になれない」と否定していました。

 カトリックの信仰が根強い地域にあって、夫の母や姉から「家庭連合のことは一切、誰にも話さないでくれ」と口止めされていたので、「親族には何も言えない」と自分で決めていました。

 これらの否定や思い込みを一つ一つ下ろしていくと、全ての現状は自分の囚(とら)われによってつくり出してきたものだということが、ようやく分かったのです。

 「良心さん、このことに気付かせたくて、今までずっと忍耐してきてくださったんですね」と語り掛けると、熱い涙が溢れました。

 以来、「否定してきた自分は本然の自分とは何の関係もありません」と下ろしていくことを続けました。

 そんな中、私の中に不思議な心の変化が訪れました。真の父母様の願いである神氏族メシヤの歩み、430家庭祝福を成し遂げたいと思えるようになったのです。

 私は思い切って、夫に「430家庭祝福に取り組みたい」と話しました。
 それまでどうしても踏み出せなかった一歩でした。すると夫は、「あなたが願うならやればよい」と言ってくれたのです。

 自分で壁をつくり、身動きできないようにしてきたことに気付かされました。そして良心が私と共に、そして私以上に働いてくださっていることが分かりました。

 全てを下ろすことの妙味に触れ、私心がなくなれば良心と共に全面展開できるという確信に導かれています。
 道半ばですが、感謝、前進していきたいです。

(ヨーロッパ在住、日本人女性 60代)

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 次回(11月28日)は「良心の言葉はいつも前向き」をお届けします


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