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氏族伝道の心理学 8
自己評価と自尊感情

 光言社書籍シリーズで好評だった『氏族伝道の心理学』を再配信でお届けします。
 臨床心理士の大知勇治氏が、心理学の観点から氏族伝道を解き明かします。

大知 勇治・著

(光言社・刊『成約時代の牧会カウンセリング 氏族伝道の心理学』より)

第1章 不安と怒り

自己評価と自尊感情
 不安や怒りが大きくなるのは、どんなときでしょうか。それは、否定的な環境やメッセージの中に置かれたときです。否定的な環境とは、その人にとってマイナスの環境、例えば、家族関係が悪くなる、病気になる、学校の成績が下がる、仕事がうまくいかなくなる、お金がなくなる(借金が増える)、事故や犯罪に巻き込まれる、戦争になるなど、身近なところから、社会全体が不安定になることまで、様々です。

 また、否定的なメッセージとは、「なにやっているんだ!」、「そんなことをして駄目じゃないか!」、「何回も同じ失敗をして……」、「もう関わらないでくれ!」、「そばに来ないで」など、怒られたり、あるいは無視されたりするなど、人格を否定されるような内容のメッセージです。こうした否定的な環境やメッセージの中に置かれると、人は誰でも不安を感じ、怒りが高まります。

 逆に、肯定的な環境やメッセージの中におかれると、不安や怒りは小さくなります。肯定的な環境とは否定的な環境の逆で、家族関係が良くなる、健康になる、成績が上がる、仕事がうまくいく、お金が入る、世の中が平和になる、などなどです。

 また、肯定的なメッセージとは、「すごいね、やればできるね」、「今までどおりにやれば大丈夫だよ」、「あなたのおかげです」、「良い人ですね」、「一緒にいると楽しいですね」など、理解してもらえた、受け入れられたという感覚をもつことができて、人格を評価してもらえるようなメッセージです。こうした肯定的な環境やメッセージの中に置かれると、不安や怒りは小さくなり、穏やかな気持ちになれ、安心できます。

 ではなぜ、否定的な環境やメッセージは不安を高めるのでしょうか。

 否定的な環境やメッセージは、その人の「自己評価」を下げてしまいます。自己評価とは、何かに対して、「私は能力がある」とか、「乗り越えられる」とか、「やればできる」などといった感情です。否定的な環境やメッセージを受けると、「私では駄目なのではないか」とか、「自分にはふさわしくないのではないか」などといった思いが強くなってしまいます。そのため、状況に対して改善できるという見通しをもてなくなり、不安が大きくなってしまうのです。

 逆に、肯定的な環境やメッセージは、自己評価を上げる働きがあります。具体的には、「私にはできるはず」とか、「私もOK」などといった感情をもてるようになるということです。

 ちなみに、カウンセリングの中で、カウンセラーはクライアントに対して、常に肯定的に関わろうとします。カウンセラーの態度として最も重要なものの一つに、「無条件の肯定的配慮」をもってクライアントと接する、ということがありますが、こうしたカウンセラーの態度は、クライアントの自己評価を上げ、不安を軽減させていくという効果があります。皆さんも、相談をしに来た人に対して、怒ったり、否定するようなことを言ったりするのは極力しないでください。たとえ相手を励ますつもりであったとしても、多くの場合、相談に来た人の自己評価を下げ、問題の解決をますます難しくしてしまいます。

 さて、不安や怒りは、否定的な環境やメッセージによって大きくなることを理解していただけたかと思います。しかし、ここで考えなければならない問題があります。確かに多くの人は、否定的な環境やメッセージと出合うと、自己評価が下がり不安や怒りが増大し、肯定的な環境やメッセージと出合うと自己評価が上がり不安や怒りは減少します。

 ところが、一部の人たちは、否定的な環境やメッセージと出合っても、自己評価が下がりません。それどころか、否定的な環境の中でも、「よし、ここが力の見せどころ」とばかりに、困難な環境も乗り越えて、見事に問題を解決していく人がいます。また、否定的なメッセージ、怒られたり、罵倒されたりしても、「自分のためを思って言ってくれているのだ」と考えて、逆に自分の成長の糧にしていきます。俗におめでたい人と言われたりしますが……。

 その一方で、肯定的な環境やメッセージと出合っても、自己評価の上がらない人がいます。人から褒められても、「いえ、私はそんなに立派じゃないんです」と卑下してみたり、うまく物事が進んでも、「私がうまくやったのではなく、たまたま運が良かっただけだ」と考えてしまいます。謙虚であることは重要ですが、卑下することは良くありません。こうした人たちは、物事の悪い面ばかりを見てしまいがちで、いつも不安を感じています。心の問題や病を抱えてしまいがちな人たちは、このような肯定的な環境やメッセージによっても自己評価が上がらずに、いつも不安を感じている人たちなのです。

 否定的な環境やメッセージによっても自己評価を下げない人がいる一方で、肯定的な環境やメッセージと出合っても自己評価が上がらない人がいる、こうした違いはどこから来るのでしょうか。

 それは、自己評価の背後にある「自尊感情」に違いがあるためです。自尊感情とは、文字どおり、自分自身を尊重する感情です。能力や何か魅力があるから自分に価値があるというわけではなく、何もできなくても、何をしたとしても、私はそこに存在していていいという確信をもてる感情のことです。つまり、あるがままの自分を受け入れる感覚なのです。

 自己評価は、周囲の状況により変化します。例えば、勉強はできるが運動は苦手だと自覚している人の場合、学校で国語や数学の時間は自己評価は上がりますが、体育の時間は自己評価が下がるでしょう。

 しかし、自尊感情は周囲の状況をあまり受けません。自尊感情の低い人は、得意な国語や英語の時間でも、もしわからないことがあると簡単に自己評価を下げてしまいますし、居心地の悪さを感じてしまいます。まして、体育の時間は、そこにいるだけでも苦痛になってしまうかもしれません。一方で自尊感情の高い人は、周囲の評価に関係なく、国語の時間や数学の時間を楽しみ、体育の時間も下手なりにみんなと楽しく過ごすでしょう。

 つまり、自尊感情は、その場の状況や評価といった外部からの要因によって決まるのではなく、自己の存在の確信として、自分自身を内側から支えているものなのです。

 こうした自尊感情は、他者に対する感情にも影響します。自尊感情が高い人は、自分をあるがままに受け入れるだけではなく、他者もあるがままに受け入れることができます。相手の人が、勉強ができようとできまいと、スポーツが上手であろうとなかろうと、容姿が良かろうと悪かろうと、そのままを受け入れることができます。

 しかし、自尊感情の低い人は、自分自身をあるがままに受け入れることができないだけではなく、他者もあるがままに受け入れることが難しいのです。なぜならば、自尊感情の低い人は、他者との相対関係の中で自分を支えるからです。人と比較して自分のいいところを見つけて自己評価を保ちます。「私は成績が良いから」とか、「私はスポーツが得意だから」といったように。そのため、他者に対しても、「あの人は成績が良い」とか、「あの人はスポーツが得意だ」というように、相対比較の中で他者を評価してしまうのです。

 自尊感情の低い人は、いつも他者との比較の中で自分を支えようとしており、自分自身のあるがままを受け入れられなくなっている、と述べました。こうした人たちは、いつも孤独を感じています。「自分は、優秀でないと評価してもらえない」、「自分は、人の役に立っていないと受け入れてもらえないんだ」、「自分は、いてもいなくても構わない存在だ」などといった思いが、いつもどこかにあるからです。つまり、条件付きで受け入れられる存在であって、無条件に尊重される存在ではない、と感じているのです。ですから、自分の居場所が見つけにくく、孤独感を感じやすいのです。

 では、自尊感情はどのようにして形成されるのでしょうか。自尊感情の高い人と低い人の違いは、どこから来るのでしょうか。

 自尊感情は、子供時代の環境や親からのメッセージにより形成されます。子供時代に、親からの愛情に満たされ、安定した環境の中で育てられれば、自尊感情は高まります。逆に、子供時代に親からの愛情を十分に受けられなかった、あるいは両親の離婚などといった、その子供にとって否定的な環境やメッセージがあると、自尊感情は低くなります。

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 次回は「アダルト・チルドレン」をお届けします。


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