愛の知恵袋 109
男たちが枯れていく
(APTF『真の家庭』230号[2017年12月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

この40年で男性の精子濃度が半減した

 ニューズウィーク誌(日本版2017年10月24日号)に掲載されたジャーナリストのブライアン・ウォルシュ氏のレポートは非常に衝撃的なものでした。

 イスラエルのヘブライ大学大学院のハガイ・レバイン博士が、アメリカのマウント・サイナイ医学大学院のシャナ・スワン博士と共に過去数十年間の男性の精子のレベルを分析した結果、深刻な事実が判明したというのです。

 欧米諸国では1973年から2011年の間に、男性の精子濃度が52%も低下していたのです。具体的には、精液1ミリリットル当たり平均9900万個あった精子が、平均4710万個まで減少。自然妊娠しやすい精子濃度は4000万個以上とされているので、非常に多くの男性の精子濃度が妊娠させる能力に乏しいレベルに落ちているということになります。

 これは、あくまで欧米での調査結果ですが、他の研究によれば、中国や日本でも同様の傾向が表れているといいます。

 「排卵される卵子は1個なのに、なぜ、精子は4000万個も必要なの?」と不思議に思われる方もいると思いますが、理由はこうです。女性の膣は酸性が強く、精子にとっては極めて過酷な環境で、卵子に到達するまでに大多数が死滅してしまいます。そのために受精の確率を高めるためには、膨大な量の精子が必要になるのです。

 男性の精子数の減少に関しては、すでに、デンマークの小児内分泌学者、ニールス・スカッケベク教授が1992年に論文を発表しています。彼は世界中の精子数の研究を集計した結果、精液1ミリリットル中、1940年の平均は約1億1300万個、1990年には6600万個に減少。また、不妊のリスクが深刻な精子数2000万個以下の男性が3倍に増えていたことも報告し、「もし、30年ほどの間にこの状況が変わらなければ、孫やその子供たちの時代の社会は、今とは大きく異なるものになるだろう」と警告を発しています。

 この論文に対しては、1940年代は測定方法が古く正確でなかったから、古いデータの精子数が過大になっていて急減したように見えるのではないか…と疑問視する学者もいました。

 そこで、今回のスワン博士とレバイン博士を中心とする国際研究チームは、7500本以上の査読(さどく)済み論文を精査し、約4万3000人分のデータを含む世界中の論文185本に絞りこみ、さらに信頼性を高めるため、1973年以前の古い研究データや、喫煙者や不妊関連の病気の男性のデータは除外して集計しました。それだけに、この研究成果は、最新の信頼できる研究成果であると評価されています。

精子が減少する原因は何だろうか
 精子濃度の低下は、今後の人類の存続に深刻な影響をもたらすことになりますが、その原因の究明は容易ではなく、明確な因果関係の解明が急がれます。

 今の段階では、精子数の低下の要因としては、以下のようなことがあげられています。まず、先進国で急増している肥満、運動不足は、精子の劣化と関連があるということ。2013年アメリカの男子大学生対象の研究では、週15時間以上運動する学生は週5時間未満しか運動しない男性に比べて、精子の数が73%多かったのです。また、週20時間以上テレビを見る学生は、ほとんど見ない学生よりも精子がはるかに少なかったそうです。

 ほかには、ストレスや飲酒、喫煙、薬物使用もリスクの要因です。また、携帯電話などの電磁波が精液を劣化させる可能性があると主張している研究者もいます。高熱は精子を殺す作用があることはすでに知られています。また、女性の卵子ほどではないにせよ、男性も年齢が高くなれば精子の変異が増加することも分かってきました。

 さらに、もっと深刻なのが環境ホルモンの影響です。化学物質の自然界への流入で動物たちの生殖に異常が生じていることはすでに多くの事例が報告されていますが、人間においても、BPA(ビスフェノールA)やフタル酸塩などの内分泌攪乱物質は、テストステロンなどの男性ホルモンの働きを阻害し精子の増殖を困難にします。プラスチックに含まれる環境ホルモンも精子の質と量に悪影響を与えると言われています。

子孫のために私達ができること

 スカッケベク教授の警告から、すでに25年が経った今、スワン博士は「残された時間はほとんどない」と述べています。専門家の研究と国家的対策が急がれますが、今、私たちにできることもあるはずです。

 子供や孫を育てるとき、有害環境を避けたり、適度な運動をさせて肥満をなくしたり、食生活に気を配るなど…そのような努力はできます。

 晩婚化の影響で、今や、日本でも5.5組に1組が不妊治療や検査を受けているそうですが、従来の「不妊の原因は女性にある」と考えてきた認識を改めて、最初から夫も妻もきちんと受診して原因を確かめ、一致協力して妊娠のための努力をすることが大切だと思います。