愛の知恵袋 104
メモ書きにも命がある

(APTF『真の家庭』225号[2017年7月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

あるお母さんの悩み

 「うちの子は、今、小学校の2年生なんですが、最近、元気がありません。時には口を利かないこともあるので、心配です…」

 聞けば、その母親は事情があって、この男の子と二人でアパートを借りて暮らしているそうです。生計を立てるためには働かざるを得ないので、ほぼフルタイムに近い状態で働いているそうです。子供が下校する時間には、家にいてあげることができないので、鍵とお金を渡しておくのだそうです。しかし、最近、表情が暗かったり、反抗的な態度をとったりすることが多くなり、息子との溝が深まっているように感じて、これから先のことが不安だということでした。

 「そうですか。それは心配ですね。働く時間をもっと短くすることはできませんか」

 「私もそうしてやりたいのですが、経済的な事情でそれも無理なんです」

 「そうですか…。では、別の方法を考えましょう」

 そう言って、私は一人の鍵っ子のことをお話ししました。

鍵っ子A君の明るさ

 私は1冊の本をもってきて、その中の一文を読んでもらいました。

 『ある日、小学校3年生のA君がズボンのベルトから立派なカギをぶら下げているのに気がついて、「A君、それなに?」と聞いてみました。A君はちょっと自慢そうに「うちの鍵! ボク鍵っ子だもん」と、鍵をズボンのポケットに突っ込みながら答えました。そして、「お母さん、いつも6時ごろ帰ってくるんだ」と言って、胸のポケットから白い紙切れを出して見せてくれました。そこには、A君の名前が書いてあって、その下に「おかえり。お母さんは6時ごろかえります」とだけ書いてありました。A君はそれをきちんとたたんで胸のポケットにしまうと、またみんなの仲間に入って砂遊びを始めました。鍵っ子というと何となく孤独で淋しそうなイメージがあるのですが、A君にはそんな感じは全くありません。たぶん、胸ポケットの中の紙切れがA君を明るく幸福な気持ちにしているのでしょう』(エンゼル出版発行『ごめんなさいが言えますか』より)

 「どうでしょう、お母さん。これを参考にして、これからは毎朝、登校する時に、鍵だけでなくひと言お母さんの言葉を書いたメモを渡してあげてくれませんか。そして、もう一つ、その時に、お母さんの最高の笑顔を見せてあげてください」

 「わかりました。そのくらいならできると思いますので、やってみます」

 それから、1か月がたったころ、その母親から電話がありました。

 「先生、子供が変わってきました。最近は活発になって、学校や友達のこともよく話してくれるようになりました。私も初めは簡単な事しか書けなかったんですが、書いているうちに、だんだんいろんな思いを伝えることができるようになりました。メモ書きの力って、本当にすごいですね!」

肉筆の文字には、命がこもっている

 私は改めて、言葉の持つ不思議な力を教えられた気がしました。「言葉一つで人は活きもすれば死にもする」と言われますが、たった数行のメモ書きの文字でさえも、こんなに大きな力を持っているのです。

 同じ文字でも、肉筆の文字には特別な力がこもっているような気がします。

 肉筆には一文字一文字に、その人の“念”が込められています。念というのは“思い”であり、“祈り”でもあります。

 また、人が書く文字には癖があり、その人の個性や人柄がそのまま現れていて味わいがあります。そして、たとえ文字が上手でも下手でも、それ以上にその人の温かみが伝わってくるのです。

 私は毎年、年賀状を頂いたときに特にそれを感じます。全てが活字の葉書は一度目を通して終わりですが、肉筆で書かれたものや、肉筆の文章が添えられているものは、何度か読み返したくなります。

 今はメール万能の時代ですが、たまには大切な人に肉筆の便りでも出してあげたいものです。

 先日、書棚を整理していた時、処分しようとしていた書類の間から、ひらりと一枚の紙が落ちました。手に取ってみると、何年か前の誕生日の時に、妻が私にくれた品物に添えられていた小さなカードでした。

 じっと何度か読み返して、私はまた引き出しに入れました。

 捨てる気にはなれなかったのです。