スマホで立ち読み Vol.42
『統一思想へのいざない(原相論編)』14

木南章良(統一思想研究院首席研究員)著

(光言社・刊『統一思想へのいざない〈原相論編〉』〈20251120日初版第1刷発行〉より)

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五、統一思想の歴史観

 序章の最後として、統一思想の歴史観を概観したいと思います。歴史は、父母なる神が、堕落した子女なる人間を本来の理想世界に導いていく復帰摂理歴史である(*67)と捉えます。

 聖書に書かれているアダムとエバの創造を通して、神は人類の真の父母を立て、そこから善なる子女が出てきて、地上と天上の天国が建設されることを願っていました。しかし、創世記第三章に描かれた人間の堕落により、アダムとエバはヘビ(サタン)に主管された偽りの父母となってしまいました。言い換えれば、真の父母が立たなかったということです。

 それゆえ、神は真の父母を立てることのできる環境を復帰して、そこに真の父母を送ろうとしたのですが、それが人類歴史でした。人間の側面から考えてみるならば、不完全な人間を“修理”して、本来の状態にし、世界平和(地上天上天国)を成し遂げようとして流れてきたのが歴史だということです。

 さらに、歴史は神がすべてを決めてしまう「決定論」で形づくられるのではなく、神の95パーセントの責任分担と人間の5パーセントの責任分担が合わさって進みます。これは先ほどの人間観の項目で述べたように、「責任分担論」だといえます。「摂理」という言葉には、神様がすべてを決めてしまうという「決定論」からの否定的イメージもありますが、ここでいう「摂理歴史」とは、神と人間の共同作業による歴史を意味します。人間の役割が歴史の発展に大きな役割を果たすのです。統一思想では歴史を、そのように悪の側を善の側に復帰してくる復帰歴史、善悪闘争の歴史と捉えるのです。

【注釈】

67 『新版統一思想要綱』、468470頁(歴史論)。

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