スマホで立ち読み Vol.42
『統一思想へのいざない(原相論編)』13

木南章良(統一思想研究院首席研究員)著

(光言社・刊『統一思想へのいざない〈原相論編〉』〈20251120日初版第1刷発行〉より)

 『統一思想へのいざない(原相論編)』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週水曜日にお届けします。

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四、統一思想の人間観

(二)人間の責任分担

 創世記を見ると、神の6日間の創造において「夕となり、また朝となった。第一日である(*57)」との表現があります。これを統一思想では、被造物が夜という成長期間を経て、朝になって完成するようになっている(*58)と考えます。さらに神は、万物と人間という被造物を創造した後、人間にだけ「善悪を知る木からは取って食べてはならない(*59)」との戒めを与えました。成長期間を通過するに当たって、神は人間にだけ、神も干渉できない「責任分担」を与えたのです。すなわち、万物は原理自体の自律性と主管性によって、時間が過ぎれば完成するようになっているのに対して、人間は原理の自律性と主管性のみならず、責任分担を果たすことによってのみ完成するように創造したということです。

 もう少し詳しく言うならば、人間において、肉身は原理自体の自律性と主管性によって成長しますが、霊人体は責任分担を果たすことによって成長します。ここで、原理自体の自律性とは有機体の生命力のことをいい、主管性とは生命力の環境に対する影響力(*60)のことをいいます。さらに、霊人体の成長とは、霊人体の霊性の成熟のことであり、それは人格の向上、神の愛を実践し得る心の姿勢の向上を意味します(*61)。要するに、人格は、人間が努力して愛の実践を行うときにのみ、向上するのであり、ただ時間がたつだけでは向上しないというわけです。

 なぜ神は、人間にだけ責任分担を与えたのでしょうか。それは、人間が万物とは異なり、神の子であるからです。わが子を愛するがゆえに、人間に神の創造性と、万物に対する主管性を与えようとした(*62)のです。

 神は人間に責任分担を与えましたが、神は愛の神であるので、人間に100パーセントの責任を負わせたわけではありません。親である神が95パーセントの責任を担い、子供には5パーセントの責任分担を与えたというのです。その5パーセントの責任分担を果たしさえすれば、彼らが100パーセントの責任を果たしたものとみなそうとしたのです(*63)。

 この責任分担論は、「全知全能の神が創造した人間がなぜ堕落したか」、「人間の社会にこんなに不公平があるのに、神はなぜ救わないのか」などの質問に対する答えになります。また、この世界を良くするにしても、神がすべてを予定、決定する「決定論」ではなく、神の95パーセントの導きがありながらも人間の責任分担である5パーセントが大きく作用すると捉えるのです。過去の「神中心主義」とも異なる点です。

【注釈】

57 『口語訳 聖書』創世記15節。

58 『原理講論』、76頁。

59 『口語訳 聖書』創世記217節。

60 『新版 統一思想要綱』、71頁(原相論)。

61『新版 統一思想要綱』、7172頁(原相論) 。

62 『原理講論』、114頁。

63 『原理講論』、243244頁(予定論)、『新版 統一思想要綱』、7374頁(原相論)。

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 次回は、「本来の姿を失った現実の人間」をお届けします。


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