2026.06.22 22:00

スマホで立ち読み Vol.43
『子女と向き合うことは神様と向き合うこと』6
蝶野知徳/著
『子女と向き合うことは神様と向き合うこと』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週月曜日にお届けします。
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第一章 神様から出発する子育て
5. 愛を受け取ることのできる土台
子女は、父は父、母は母、というように、それぞれの個体的な姿だけを見ているのではありません。それ以上に、二人の関係性をよく感じ取っているのです。例えば、仕事や家事など、生活的な役割をそれぞれがきちんと果たしていることも大事ですが、子女はその中に、二人が「助け合っている姿」を見つけて力を得るのです。それは、父母の間に交わされる「愛」を見ようとしているからです。どちらにどのような不足があるのか、ということはあまり問題ではなく、二人が助け合う関係性を通して愛を育んでいるという姿に価値を感じるのです。
子女にとって夫婦の愛と父母の愛は、全くの別物ではありません。両親が仲が良いというだけで生きる力が湧く、両親の関係に力を得る、というのは、自分が生まれた命の源に関心があるからです。自分は「一つ」になった土台の上で生まれてきたのか、それとも「分裂」の中で生まれてきたのか。つまり自分のアイデンティティーを、両親の姿を通して潜在的に感じ取ってしまうわけです。
自分の命の起源が「一つになっている両親から生まれた」と感じるならば、その子は自分自身の「命」に対して、既に一定の「安心感」を得ています。この安心感こそが、その子自身の、愛を感じ取るセンサーとなっていきます。それが、愛を愛として受け取ることのできる「器」、受容体になっていくのであり、自尊感情や自己肯定感を高めることにも通じるのです。
誰が教えなくとも、子女は生まれながらに、両親の愛を信じて生まれてきています。ですから、たとえもし、両親がぶつかっている姿を目の前で見ることがあったとしても、本当はそれを否定したい心があるのです。「自分は一つになった両親の愛から生まれた存在なのだ」と信じられる材料を、生活圏で探そうとしているのです。良きものは信じ、そうでないものは信じたくないと思うのが子女の本性です。ですから、今、愛を感じたとするならば、過去に感じた「愛ではないもの」は忘れようとするのです。
子女にとって父母の愛とは、父親からの愛と母親からの愛を、単に合わせたものではありません。夫婦がバラバラで、それぞれから愛がやってきたとしても、子女の本性として、自分の命の源をそこに見いだそうとは思いません。
子女の命の誕生の源は、夫婦が愛で一つになったところにあります。同じように、子女が大きく成長した後においても、お互いに助け合い、支え合い、愛し合って一つになっている父母の姿を見れば、子女は、良く生きようという力を得ることができるのです。その原点に返りましょう。
《ここが大切!》
*父母が一つになっている姿から、子女は自分の命に対する安心感を得る
*安心感は愛の受容体。それが子女の自尊感情や自己肯定感の土台となる
*子女は、父母の助け合う姿に力を得ていく
《分かち合おう》
夫婦が助け合い、一つになるために、お互いができることを考えてみよう。
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次回は、「親を信じている子女の愛」をお届けします。お楽しみに!