2026.06.17 22:00

スマホで立ち読み Vol.42
『統一思想へのいざない(原相論編)』9
木南章良(統一思想研究院首席研究員)著
『統一思想へのいざない(原相論編)』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週水曜日にお届けします。
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(二)心情の神
(3)真の愛とは
心情は愛の源泉ですが、神の愛を真の愛といいます。それでは、その真の愛の属性とはどのようなものか、文鮮明(ムン・ソンミョン)・韓鶴子(ハンハクチャ)総裁のみ言(ことば)から考えてみたいと思います。私たちが生活の中で真の愛を実践するための参考になると思います。

まず、真の愛は「為に生きる(*23)」愛です。それは「父母の心情、僕の体(*24)」とも表現できます。相手に対して父母の心情を持ちながら、体は僕のように仕えていく愛だというのです。また、真の愛は「与えて忘れる(*25)」愛、無条件の愛です。何かを得ようとして与えるのではなく、無条件に与えるのです。さらには、「愛せないものまでも愛する(*26)」 のが真の愛です。すなわち、怨讐(おんしゅう)を愛する愛なのです。これはイエス様が「汝(なんじ)の敵を愛せ(*27)」と言われたことと通じます。
真の愛は、「与えて満足するのではなく、与え足りないのではと恥ずかしさを感じる(*28)」愛でもあります。全力を尽くして与えた後でも、まだ与え足りないのではないかと心配する愛なのです。
さらに、「相対が自分よりも優れていることを願う(*29)」愛です。自分が一番の立場に立って、二番目の立場の人に愛を与えるというのではなく、自分よりも愛の対象が良い立場に立つことを願う愛です。まさに、親が子に注ぐ愛であるということができます。
真の愛は、「より大きなもののために犠牲をいとわない(*30)」 愛です。個人は家庭のために、家庭は氏族のために、氏族は民族、国家、世界、天宙、さらには神のために犠牲となることをいとわない愛です。個人が家庭のために生きることは真の愛であるといえますが、自分の家庭だけが幸せに生きたらいいと思うのではなく、自分の家庭が幸せならば、隣の家庭のことも心配するのです。さらには、より大きな社会において人々が悲しみの中に生きていないかと配慮し、生きていく愛です。国家というものを考えてみるとき、国を愛すること、愛国心は大切な要素となります。しかし、世界的なレベルにおいて自分の国だけを愛し、他国と共に世界の平和を築こうとしないならば、それは真の愛ではないのです。自分の国が発展しているなら、周りの国の発展をも考えていくのが真の愛なのです。
真の愛の属性について、「先有条件(*31)」と表現されることもあります。これは、愛の対象が自分よりも先に有るという条件です。「夫」は、「妻」がいるからこそ「夫」と呼ばれます。妻がいなければ、夫にはなれません。自分が夫であるのは、妻がいるからこそなので、妻を本当に貴い存在であると捉えるのです。愛の対象はそれほど貴いものであると考えるのです。親子関係では、子がいるからこそ親と呼ばれます。親にとって子供は先に有るものなので、大切にしなければならないと考えます。
文鮮明・韓鶴子総裁はこのように真の愛の属性について説明していますが、神と関連づけて語ってもいます。すなわち、「永遠に一緒にいてもうれしく、神様も引っ張ればついてくる(*32)」愛だというのです。神様までも、真の愛には弱いのです。
【注釈】
*23 天一国経典『平和経』、53頁。
*24日本歴史編纂委員会、『文鮮明先生の日本語による御言集3』初版第3刷(東京:光言社、2020)、29頁。
*25 天一国経典『平和経』、940頁。
*26 天一国経典『平和経』、1452頁。
*27 『口語訳 聖書』マタイによる福音書5章44節。
*28 天一国経典『天聖経』、288頁。
*29 天一国経典『平和経』、113頁。
*30 天一国経典『天聖経』、335頁。
*31 天一国経典『平和経』、550頁。
*32 天一国経典『平和経』、1611頁。
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次回は、「無形の父母なる神の夢」をお届けします。