2026.06.14 13:00

スマホで立ち読み Vol.44
『ふたりで訓読 幸せな祝福結婚』3
『ふたりで訓読 幸せな祝福結婚』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週日曜日(予定)にお届けします。
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第一章 神様が人間を創造された理由
DAY2 人間は神様の愛の相対
いくら神様でも、一人では寂しいのです。人間はお金がなければ寂しく、知識がなければ寂しく、権力がなければ寂しく思うのですが、神様はお金を必要とせず、知識も必要とせず、権力も必要としません。創造主だからです。神様に一番必要なものとは何かが問題です。神様のことを何と言いますか。神様は愛の王であられ、愛の主人であられます。もし愛の王であられ、新郎であられる方が神様であれば、相対者である王妃が必要だというのは絶対的原理です。それでは、「絶対的な神様の愛の相対になる方とはどなたでしょうか」と尋ねれば、どのように答えますか。それは、真の人間であるというのです。
皆さんはお金を必要とし、知識を必要とし、権力を必要としますが、妻がいなければ、すべて意味がありません。夫には妻が必要であり、子女が必要であり、妻は夫が必要であり、子女が必要です。そのような愛の対象が暮らす所が家庭です。 (天一国経典『平和経』528‒529頁)
神様が人間を創造された目的とは何でしょうか。全知全能であられ、あらゆる所にいらっしゃる神様も、独りでいるのを願われなかったため、まず天宙を人間のための環境として創造され、その土台の上に御自身の絶対愛の対象として人間を創造されたのです。神様は、対象である人間が御自身よりもっと素晴らしく、大きな存在になることを願われたので、人間を御自身の子女として造られたのです。
世の中でも、父母は子女が自分よりもっと優れ、素晴らしくなることを願うのではないですか。それはすべて、神様が祝福として下さった父母の伝統的愛なのです。子女として造った人間が成長して完成し、神様から祝福結婚を受けて、真の愛、真の生命、真の血統の実となる真の子女を繁殖し、真の家庭から永遠の真の理想天国を形成して暮らすのを見て、喜びを感じたいと思われたのです。それが神様の創造目的です。(天一国経典『天聖経』371‒372頁)
神様がいくら絶対者だとしても、御自身一人では幸福になれません。「良い」という言葉や「幸福だ」という言葉は、一人では成立しない言葉です。必ず相対的関係を備えたところであってこそ成立するのです。一生を声楽家として生きてきた人でも、無人島に捨てられて、一人で喉が張り裂けるほど歌を歌ったとして、幸福でしょうか。自存なさる神様も、喜び、幸福であるためには、必ず与え合うことができる愛の相対が必要だというのです。
それでは、絶対者であられる神様に喜びをお返しすべき相対者としての人間は、どのような姿でなければならないのでしょうか。神様が「息子よ、娘よ」と呼ぶことができ、御自身と同格の位置に立て、共に創造の偉業を完成でき、天地万物をすべて相続させてあげられる子女の姿は、どのような姿でなければならないかというのです。
神様が創造の理想的出発点をどこに置かれたのか、御存じですか。「相対のために存在する」という原則に、御自身の理想的出発点を立てたのです。言い換えれば、真の愛の希望的相対のための実践が、神様の創造の出発の核だというのです。(天一国経典『平和経』621頁)
*一番、印象に残ったみ言(ことば)に線を引いてみましょう。
*神様はなぜ、人間を御自身の子女として創造されたのでしょうか?
*お互いに印象に残ったみ言や、感じた内容を共有しましょう。
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次回は、「男性と女性を通して愛を実現」をお届けします。