2025.11.08 17:00

【B-Life『祝福家庭』コーナー】
『祝福家庭』105号(2022年夏季号)
「幼児教育」
〜祝福子女の喜怒哀楽は祈りに通ずる〜
光の子園 副園長・村上小夜子
人のために祈る祝福子女
堕落によって「霊的無知」に陥った人間は、天の父母様(神様)との親子の心霊的な関係が切れました。一世は、談判祈祷や徹夜祈祷といった激しいお祈り、いわゆる「祈闘」(祈る闘い)をしてきたと思います。
では、「生まれながらに、神様が親であることを知る祝福子女の祈り」はどうでしょうか?
祝福子女の喜怒哀楽は、全てお祈りに通じます。子女が「楽しい!」「うれしい!」と喜ぶ声も、「嫌だー!」「やりたくなーい!」と駄々をこねて叫ぶ声も、全て本音であり、「神の声」です。

祝福子女は天の父母様との距離が近く、本音を出しても「愛される」という実感を持っているのです。
子供が親の前で、思い切り喜怒哀楽を表すのは、安心感からです。また、真の愛で愛されていないと感じれば、怒りをぶつけてきます。「こんなぼく(わたし)だけど文句ある? 愛してください!」というのです。
そこで、私たち保育士も園児たちの喜怒哀楽を天の父母様、真の父母様に具体的かつストレートに祈ることにしました。園児たちは「花が枯れて悲しい~!」「男の子ばっかりで嫌だ!」「踊りたくない!」「にんじん食べたくない!」「園庭に行きたい!」などと訴えてきます。それをそのまま報告し、「嫌だと言っています」「方策を下さい!」と天に祈ることで、道が開き始めました。
祝福二世の保育士たちのお祈りも具体的で、とても正直です。「〇〇くんが、突然お友達をたたきました」「私は、泣いている園児がいても、見て見ぬふりをしてしまいました」「なかなか愛せなくて、闘ってしまい、苦しかったです」などと、園児の名前を挙げて、自分の感情も率直に祈るのです。
また、祝福子女は、人のためによく祈ります。
外国から訪れた子女がいたときは「○○くんは、日本語がまだよく分からないので、早く分かるようになりますように」と祈るのです。そして、運動会のリレーのときは「勝ちたいです。でも、△△くんは足が遅いので、△△くんの足が速くなりますように」と祈りました。運動会のために祈ったチームは、実際に1等賞を取りました。その日の夜、「ありがとうございました!」とお礼のお祈りをしたそうです。
真のお父様は、興南収容所で囚人たちの名前を、毎日3度唱えながら祈られたといいます。私たちも、人のために祈っていきたいものです。
お祈りとは、窓を開けるようなこと
光の子園では、愛する実践を通して、長子権を復帰しています。子供たちは、祈りと愛の心を持たずには、言うことを聞いてくれません。そのため、毎日、祈祷と訓読の精誠を捧げています。
その際、お写真の前で祈るのは、4分や12分程度で、残りは保育をしながら、歩きながら、兄弟姉妹に声をかけながら祈祷します。
職員同士の話し合いも「祈祷」です。「生きた神様」が働かれ、アイデアが与えられます。兄弟姉妹が基台を組んで話し合う時間は、神様が共にあり、一人一人の個性真理体に働かれ役事される貴い時間です。
特別講師の大塚洪孝先生は、卒園生に「お祈りは、窓を開けることと同じです。窓を開けると、太陽の光や爽やかな空気が入ってきます。同じように、お祈りをすると、天の父母様や真の父母様が入ってこられたり、善霊が入ってきたりします。ポイントは2つあります。1つは真剣に祈ること、もう1つは自分ではなく、人のために祈ることです」と激励の言葉を下さいました。
座間保裕園長は、父母たちに「いつも〝祈りの心〟を持ちましょう」と教えています。子供はよく、親がやってほしくないことをしますが、そういうときは「お母さんは待っているよ。あなたはできる子だよ」と心の中で祈ると、血気怒気が収まります。
真のお母様が「人間の力では限界です。天の父母様にお祈りして尋ね求めて、天の父母様によらなければなりません」と言われています。
祈りの心で頑張りましょう!
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