世界はどこに向かうのか 360
タイとカンボジアの軍事衝突、米国仲裁で停戦へ

2025.07.29 17:00

世界はどこに向かうのか
～情報分析者の視点～

タイとカンボジアの軍事衝突、米国仲裁で停戦へ

渡邊芳雄（国際平和研究所所長）

　今回は、7月21日から27日までを振り返ります。

　この間、以下のような出来事がありました。

　米政権、再びユネスコ脱退を通告（7月22日）。石破首相、日米関税交渉合意を発表（23日）。タイ・カンボジアが軍事衝突（24日）。仏、パレスチナ国家承認を表明（24日）。タイ・カンボジア、調停協議へ（27日）、などです。

　7月24日、タイとカンボジア国境地帯の複数カ所で両国軍による交戦が発生しました。両国軍は5月28日にも国境付近で交戦状態となっています。

　衝突の背景となっているのは、「プレア・ヴィヒア寺院」などの領有権問題です。世界遺産にも登録されているこの寺院は、1962年に国際司法裁判所（ICJ）がカンボジア領と認定しました。

　しかし寺院周辺の土地（約4.6平方キロメートル）は未画定で、両国が領有を主張しているのです。19世紀末のフランス統治時代に作成された地図が基準となっていて、地形や分水嶺（れい）の解釈を巡って両国の主張が食い違っているのです。

　タイ軍の発表によれば、7月24日朝、タイ東部スリン県の国境地帯で、両国が領有を主張する「タムアントム寺院」にカンボジアが無人機を飛行させ、午前8時20分ごろにタイ側を砲撃し、砲弾が民家に着弾して死傷者が出たといいます。

　カンボジア側は、タイ側が24日早朝に寺院に入って有刺鉄線を設け、カンボジア軍に発砲したため、「合法的な自衛権を行使した」と主張しています。

　両国はこれまで国境地帯で複数の係争地を抱え、長年争ってきました。
　5月の軍事衝突後、7月16日と23日には国境地帯でタイ軍兵士が地雷を踏み、計8人が負傷するという事件が起こりました。

　タイはカンボジアが埋めたと非難しましたが、カンボジア側は否定。その後、両国は国境の移動を制限し、さらにカンボジアはタイからの石油・ガスなどの輸入を禁じました。このようにして対立が一層深まっていったのです。

　対立が激化した理由として、両国の内政問題があると指摘されています。
　カンボジアは、2023年、長く独裁体制を敷いたフン・セン前首相が息子のフン・マネット氏に政権を引き継いだのですが、政治基盤はまだ弱いのです。

　一方のタイは、ペートンタン・シナワット首相が6月にカンボジアのフン・セン氏と非公式に通話した音声が流出し、フン・セン氏に友好的な発言をしていたペートンタン氏が憲法裁判所から職務停止を命じられるという出来事がありました。
　保守派からは「弱腰」との批判もあり、強い態度に出ざるを得ない状況にあったのです。

　7月24日に始まった軍事衝突は25日も続きました。拡大の様相を受けて住民避難も行われ、10万人規模になったとの報道もあります。

　カンボジア政府は7月26日、初めて死傷者を公表しました。民間人8人を含む計13人が死亡、70人超が負傷したと述べています。
　またタイ軍は、民間人13人と兵士7人の計20人が死亡し、60人以上が負傷したと発表しています。

　ASEAN議長国マレーシアのアンワル・イブラヒム首相は7月24日、両国首脳に停戦を呼びかけました。
　国連安保理も25日、非公開の会合を開催し、全ての理事国が両国に「さらなる軍事的衝突を避けるべきだ」などと呼びかけたのです。しかし事態は変化しませんでした。

　しかし7月26日、トランプ大統領が、タイとカンボジアの国境地帯で起きた軍事衝突で、両国が停戦協議を始めることで合意したと自身のSNSに投稿したのです。

　トランプ氏は、両国首脳と個別に電話会談し、仲介したのです。
　電話会談では米国との関税交渉に言及し「戦争が続く限り、どちらの国とも合意を結ぶつもりはない」と通告したというのです。

　タイ政府は7月27日、プームタム・ウェーチャヤチャイ首相代行が28日に和平を協議するためにマレーシアを訪れることを明らかにし、カンボジアのフン・マネット首相も出席の見通しを明らかにしました。そして28日、停戦合意が成立しました。
　トランプ氏の一つの成果です。