2025.06.15 22:00
ダーウィニズムを超えて 115
アプリで読む光言社書籍シリーズとして「ダーウィニズムを超えて」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
生物学にとどまらず、社会問題、政治問題などさまざまな分野に大きな影響を与えてきた進化論。現代の自然科学も、神の創造や目的論を排除することによって混迷を深めています。
そんな科学時代に新しい神観を提示し、科学の統一を目指します。
統一思想研究院 小山田秀生・監修/大谷明史・著
第九章 科学時代の新しい神観
(一)科学時代における神の再発見
(3)無神論を超えて
科学の火を掲げた現代のプロメテウスは地に落ちた。そして打ち倒されたかのように見えた神が今、再びわれわれの前に姿を現しつつある。現代の科学は、至るところで、科学的にはもはや解明できない謎にぶつかっており、再び神の存在と創造のみわざを受け入れない限り、その謎を解明できないという事態に直面しているのである。
1. 現代の宇宙論から見て
宇宙は今から138億年前に、一点に押し込められた超高温・超高圧のエネルギーの大爆発から始まったと見るビッグバン説は、現代科学の定説となっている。しかし、アメリカの著名な天文学者のカール・セーガン(Carl E. Sagan)が述べたように、「なぜその大爆発が起きたかは、私たちの知る限り、最大のなぞである(*4)」のである。
とにかくビックバンが起きたとしよう。ところが、宇宙は一様に膨脹してきたと見るビックバン理論では、宇宙の構造がなぜできたのか説明できなかった。そこで天文学者たちは、ビッグバンが起きる前の原初のエネルギーには「量子論的ゆらぎ」があり、それが「インフレーション」という急激な膨脹でふくらんだ後に、ビッグバンが起きて、このような宇宙ができたと考えるようになった。アラン・グース(Alan Guth)とともにインフレーション理論を提唱した佐藤勝彦は、そのことを「宇宙がまだうんと小さいうちにタネ(ゆらぎ)を仕込んで、それをインフレーションでグンと膨らませてやるしかない(*5)」と述べている。
しかし、ここでも「ゆらぎはなぜ生まれたのか?」という根本的な疑問が生じる。さらに、偶然的なゆらぎから、どうしてこのような壮大な秩序をもつ宇宙ができたのかという素朴な疑問が生じる。結局、何が銀河のタネになったのか、明らかにされていないのである。宇宙に広がっている万里の長城のような銀河の集団、われわれの銀河の凸レンズ状の優雅な姿、8個のユニークな惑星をもつ円盤状の太陽系、そして宇宙にまたとない水の惑星である地球、これらが「量子論的ゆらぎ」の膨脹によってできたとは、到底ありそうにないことなのである。
では、その解決の道はどこにあるのであろうか? それは神の創造を受け入れることである。つまり、「量子論的なゆらぎ」が原因で宇宙ができたというより、宇宙の誕生と生成の背後に、設計図(デザイン)があったと見るほうが、より合理的であり、論理的である。設計図とは、天地創造における神の構想である。「ビッグバンがなぜ起きたのか」という疑問に対しては、神の「光あれ」という言(ことば)によって、創造が始まったと見ればよいのであり、「ビッグバンを生み出した莫大(ばくだい)なエネルギーはどこから来たのか?」という疑問に対しては、神の有する根源的なエネルギー(前エネルギーという)から来たと見ればよいのである。
スティーヴン・ホーキング(Stephen Hawking)によれば、宇宙の始まりは「虚時間」の支配する世界であり、それは時間と空間が渾然(こんぜん)一体となった球のように丸くなった何ものかであると説明した。そのような初期宇宙から、実数時間の宇宙が生じ、膨脹を始めたというのである。ここに宇宙創造の瞬間において、神の助けを借りる必要がなくなったかのように見える。
アレックス・ビレンキン(Alex Vilenkin)は「無からの宇宙創生論」を提唱した。ある時、突然、時間も空間も物質もない「無」の状態から、素粒子より小さい閉じた宇宙が誕生し、急激に膨張し、爆発して大きな宇宙となったという。しかも私たちの宇宙は、数多く生まれた宇宙の中の一つにすぎないという。この「無からの宇宙創生論」においても、神の役割は排除されたかのように見える。
ホーキングやビレンキンの最新宇宙論によって、神は無用のものになったかのように思われているが、実は、彼らは我知らず神の世界に踏み込んでいるのである。例えばホーキングの言う、「時空が渾然一体となった球のような境界のない」虚時間の初期の宇宙とは、実は、時空を超えた神の世界に通じているのである。
ビレンキンも同様である。ビレンキンの言う無とは、何もない無ではなくて、「何かに満ちている無」、つまり「何かをつくり出すとてつもない力を背後に秘めた無」であり、「真空のエネルギーを秘めた無」であるという。そしてこの「真空のエネルギー」こそ、宇宙を創生し、万物を形成した力であるという。ビレンキンはまた、無の世界には、時空はないが物理法則が存在していたと言う。これは「初めに法則ありき」ということである。したがってビレンキンの立場は、宇宙の創造に際して、法則を定め、力(前エネルギー)を投入した神の存在を認めることに通じているのである。
*4 カール・セーガン、木村繁訳『コスモス』朝日新聞社・朝日文庫、下巻、144頁。
*5 佐藤勝彦「危くなったビッグバン理論」『アエラ』朝日新聞社、1991年2月号。
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次回は、「無神論を超えて② 人間原理」をお届けします。