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文鮮明師自叙伝に学ぶ~心の書写 17

家庭は愛の学校です

 アプリで読む光言社書籍シリーズ第3弾、『文鮮明師自叙伝に学ぶ~心の書写』を毎週木曜日配信(予定)でお届けしています。なお、この記事に記載されている「自叙伝『平和を愛する世界人として』」のページ数は創芸社出版のものです。

浅川 勇男・著

(光言社・刊『心の書写~文鮮明師自叙伝に学ぶ~』より)

【第五章】家庭は天国の出発点

家庭は愛の学校です

 文鮮明先生は「教育の最も大事な部分を担っているのが家庭です」(自叙伝、218ページ)と言われています。では、なぜ家庭が最も重要な子女教育の場所なのでしょうか。子女教育は学校で行うというのが一般的な考え方です。義務教育は小学校、中学校で行われます。この場合の教育は、社会人として生きていくための知識や技術の教育のことを意味しています。教育は学校の先生がします。算数や理科の苦手なお母さんには教えられません。あまり本を読まず、漢字を読み間違えるお父さんにも教えられません。教えないほうが安全です。

 では、家庭は学校教育のための予習・復習をしたり、食事で体力を保持させる場所にすぎないのでしょうか。教育は学校でするもの、と割り切っている父母も見受けます。子供の勉強応援団になりきっているお母さんもいます。

 しかし、学校教育は必ずしも、子女の本当の幸福につながるわけではありません。幸福は愛のあふれた真の家庭にあるからです。そして夫婦愛が幸福の柱になるのです。

 それゆえ、子女が学校で優秀な成績をあげたとしても、夫婦の愛し方がわからなければ、家庭を持っても幸せになれません。伴侶を喜ばせ、幸せにできる子女に育てることこそ最高の教育なのです。

 文鮮明先生は、「家庭は父母の真の愛を受けて愛を学ぶ所です」(自叙伝、232ページ)と言われます。家庭とは真の愛を学んで体得する愛の学校なのです。父母が愛の教師となるのです。

 ところで、子女は何で育つのでしょうか。子供は親や先生の言うことを聞いて育っているように見えます。しかし子供は、耳よりも目で育っているのです。目で見たことが子女教育になっているのです。

 文鮮明先生は、「横に歩くカニが、自分の子供に向かって真っすぐ歩けと言うのは理屈に合わない話です。子供は家庭で親の姿を見て学ぶのであって、子供の教育にはそれが一番大事です」(同、216ページ)と言われます。子供は親の姿を「見て学ぶ」のです。最も重要な教育は、子女に、夫婦愛、家族愛は美しく素晴らしいものだと確信を持たせることなのです。愛に対する信頼と確信を持たせることなのです。

 このため、子供の前では、夫婦はいつも仲睦まじくなければなりません。夫婦愛に希望を感じさせなければいけないのです。たとえ子供が頭が良くても、家族愛に絶望していれば、決して幸福な人生を歩むことはできません。そして結婚に希望を見いだせません。

 父母は愛の教師なので、子女の前で絶対してはならないことがあります。それが夫婦げんかです。たとえ腹の立つことがあっても、決して子女の前でけんかをしてはならないのです。「息子・娘が『お父さんとお母さんが喧嘩(けんか)する姿を、生涯一度も見たことがない』と言うようにしなければなりません」(同、217~218ページ)。けんかの最中でも、子女の前では、一時休戦協定を結ばなければなりません。

 とはいえ、長い間一緒に連れ添っている夫婦がけんかをしないのは至難の業と言ってもいいでしょう。文鮮明先生もそれを認めています。「いくら仲の良い夫婦でも、一緒に暮らしていれば、互いに小言も言い、怒鳴ることもありますが、子供たちが入ってきたら、ぴたっと止めなければなりません」(同、218ページ)と言われます。

 ところで、「夫婦げんかは犬も食わない」という言葉がありますが、犬が夫婦げんかの仲裁に入るという奇妙な実話を聞いたことがあります。

 あるご夫婦が公園を散歩しているとき、びっこを引いた見るも哀れな犬を見つけました。かわいそうに思って家で飼うことにしました。ところがこの犬は、夫婦がけんかをしそうになるとけたたましく吠(ほ)えるのです。異常なほど吠えるので、夫婦もけんかをする前に犬の面倒を見てしまい、世話をしている間に双方の怒りが収まり、けんかにならないという
のです。

 実は、この犬はいじめに遭って足を傷つけられたのですが、けんかや怒りの波動を受けるとその時のことを思い出して、怖がって吠える習性がついてしまったらしいのです。(続く)

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 次回は、第五章の「家庭は天国の出発点」をお届けします。


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