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小さな出会い 22

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

バレーの発表会

 「わぁーかわいい」

 舞台に並んだ、いちばん小さなクラスの12人の姿に、客席からドッと歓声があがりました。本物のバレリーナのような、腰のところがフワフワしたピンクの衣裳を着て、頭にもピンクの花輪をつけて、花の精みたいです。

 スカートをつまみ、右足を出したポーズが動きはじめました。曲は、ハイケンスのセレナーデです。

 “あ、ツーステップできなかった。あ、また”

 ちょっとハラハラしてしまいます。家で、私と踊って練習した時には何とかできたのに。

 娘は音楽に合わせて、ステップはできていなくても何となく楽しそうに表情を出して踊っています。どこのお母さんも、自分の娘を見つめて、心で声援を送っているのでしょう。

 短い曲が、あどけなく腰をかがめたおじぎで終わり、拍手の中を、みんなで手をつないで退場しました。大きなお姉さんたちのクラスの、トウシューズで立ってくるくる踊る曲のあとなので、本当にちいさく見えました。

 「ママ!」控え室で、とても嬉しそうに笑っている娘を見たとたん、「練習よりへただったのね」などと言ってしまったのです。くしゅんとした娘を見て、とても反省。小さな子が発表したら、まず「がんばったね。よくやった!」と、本当に喜んでやればいいのに。

 小さな顔の化粧をおとしながらふと、この子を抱っこしてリハビリテーションに通った病院への道を思い出しました。なかなか首が座らなくて「脳に異常があるといけないから」と保健婦さんに言われ、専門の病院に行ったのが生後4カ月のことだったのです。

 四度も乗り換えて辿(たど)りついた板橋の北療育園に入って、ドキッとしたのは、不自由な手足に医療具をつけて廊下で歩行練習をしている幼児の姿が目に入ったからでした。必死に1センチ前に進み、止まると母親が力づけています。また、知恵おくれの表情がみられる子供をつれた母親もたくさんいました。

 「2カ月の能力しかないね。知恵の方は何ともいえない。リハビリに通いなさい」

 何時間も待ったあとの診察でそう言われました。どう考えていいのかわからず、何かからかばうように抱きしめながら歩いていくと、隣で診察を受けた赤ちゃんの母親が取り乱した泣き声で言うのが聞こえました。

 「一生ですか? どうしてこの子が? 私は悪い事をした覚えもないのになぜこんな目に……」

 その先生はカルテに書きこむ手を止めて、静かな声で言いました。

 「運命と考えるしかないと、私は思います。お子さんはもう、一生懸命にその仕事に取りくんでいますよ。お母さん、しっかり助けてやってくださいね」

 ちらりと振り返ると、母親のあごから涙が胸に落ちているのが見えました。そういう苦しみを背負っている子供たちと母親たちが今もいるのです。元気に踊るまでになってくれた娘のがんばりが、いとおしく胸に迫ってきて、今夜はジュースで乾杯しようと思いました。

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 次回は、「お外が大好き」をお届けします。