https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=22576

小さな出会い 21

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

テープレコーダー

 十数年、修理をかさねて使ってきた携帯用のテープレコーダーは、声が割れて聞こえ、アニメの吹き込みのようです。それでは気楽に使い切ろうと、主人が子供たちへのインタビューに使い始めました。

 「お名前は?」

 「あまのひろくん」

 「何歳ですか?」

 「ちゃんちゃい!」

 「何か歌ってください」

 いろいろ吹きこんで、聞く時の子供たちの嬉しそうな照れくさそうな笑顔は、ちょっとした見ものです。いつまでも飽(あ)きないで、巻き戻しては聞いています。

 ところがある日、舌たらずの子供の歌声に続いて、なんと私の険(けわ)しい声が入っていました。

 「さっさとやりなさい!」

 「ちゃっちゃと……」

 「口で言ったってだめ、もう! こうやって……」

 何だか恥ずかしくなってまわりを見回し、誰もいないので、この際じっくり聞くことにしました。焦(あせ)る気持ちが正面に出ているのが、どうも我ながらいただけない感じです。こういう話し方で子供に伝わるのは感情だけではないかしら、と驚きました。

 「どんどんかたづけなさいよ、どんどん」

 何が“どんどん”ということで、何が“さっさと”ということなのか、私は子供に理解させたでしょうか。

 大いに反省し、得るところのあった私は、夫にもこれを適応して私の望む教育をしようと考えました。夫には妙な癖(くせ)があって、歌う時だけ、“Ku(ク)”の音を、英語の“Tu(トゥ)”と発音するのです。

 初めてそれに気づいたのは、新婚旅行に代(か)えてささやかな遠出をした、初夏の緑の中でした。「あら。おかしい、もう一度歌ってみて。行(い)くがイトゥになるのね」……けらけらとおもしろがっていたのは平和な恋の時代。年が経つにつれて私は笑えなくなりました。

 夫は教会を牧していましたので、聖歌などを大声で歌う機会が多いのです。朗々と、「正(ただ)しトゥ清(きよ)トゥあらまし」などと歌うのを聞くと身が縮み、いらいらしました。

 テープレコーダーがいい、自分の耳で聞くに限るわと思った私は、その日の夜、忙しそうな夫をつかまえて、「ちょっとこの歌、吹きこんでみて!」と歌ってもらったのです。

 でも驚きました。割れた響きのテープレコーダーで聞いた彼の歌には、おかしい所なんか全然なかったのです!

 「あれぇ?」と不思議がる私に、「どうしたの? 後でもっと上手に吹きこんであげるよ」とほほえんで、夫は会議に出かけていきました。

 へんなテープレコーダー。

 まるで、馬鹿(ばか)みたいな私の姿ばかり浮き彫りにして……。こわれかけて、もうすぐ捨てられる彼は、最後に私の鏡になるつもりでしょうか。今、朝の私の、命令の声がテープから流れています。「ちゃんと、手も顔も洗って!」それを聞きながら私は思い出します。心から尊敬するある夫人の生活と育児の姿勢を。洗顔をいやがったお子さんに、静かに毅然(きぜん)と、

 「それは昨日(きのう)の顔でしょ? きょうの顔をお母さんに見せてちょうだい」

 と言われた言葉を。

---

 次回は、「バレーの発表会」をお届けします。