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小さな出会い 23

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

お外が大好き

 トントン……。誰かが階段をあがってくる足音。とたんに坊やは目を輝かせ、おもちゃを放り出して走っていきます。誰であっても、自分を階段の下の世界につれていってくれるように、泣いてせがもうというわけなのです。

 嵐であろうと雪であろうと、外に行きたがって地団太(じだんだ)ふんで泣くので、困ってしまう時があります。どうしてこんなに外が好きなのかしら。この間まで、ママがいなければ必死で探し求め、トイレの中までついてきたというのに、今や外につれていってくれる人が見つかればニコニコして、「バイバーイ!」と手をふるのです。

 そう、それだけ外の世界に興味が増し、成長した証拠なんだ、母親離れの最初の段階をこの子ものぼったんだわ、と思います。

 けれど、乳の匂いのする愛らしい子が、全生命の拠り所として自分を慕うということは、母親にとって何と甘い時期でしょう。

 「手がかかって——」とぼやきながら、「ママ、ママ」と追っかけまわす柔い肌に頬ずりして抱きしめる、そういう経験をたっぷりするのは女性にとってとてもいいことだと思います。少なくても3人、……まあ5人くらい育てれば未練が残らないような気がします。

 一人っ子ぐらいだと、親の方も、子供の各段階を満喫しないから、すっきり子離れができないんじゃないかしら。子離れといえば、この間テレビドラマの中にこんな台詞(せりふ)がありました。

 「鶴(つる)の父親はね、子供が大きくなると、わざとつっついたりしていじめるんだ。すると子供の方は父親を憎んで、独立心が強くなる。まあそれが父親の願いなんだけど。そして一月くらいたつと、子供は平気な顔して、さっさと親を離れてどこかへ飛んでいっちゃうのさ。

 それを、鶴の父親はじっと見送ってるんだ」

 人間はなかなか、こう潔(いさぎよ)くはいきませんけれど、親も子も、今までより大きな未来に目をむけて、今の淋しさを越えていくことが必要なんだなと思わせられます。「心を鬼にして」坊やを乳離れさせた時もそう思いました。

 2歳ちかくまで何かといえばひざに来ては、甘え泣きをして母乳をねだっていた坊やにとっては、それが最上の楽しみだったのです。

 「何て泣き声だい、男だろ、情けないな。ママもそんなにすぐお乳をやっちゃだめだよ」

 「でも、こんなに求めているのに残酷だわ」

 何度か断乳しようとしましたが、結局、私の方が坊やの切実な要求に負けました。けれどある日、よその子にくらべて、母親を求めることで終わっている狭さを知って愕然(がくぜん)。決心しました。

 乳首に塗った苦い胃腸散、それをふくんだ時の彼の絶望的な顔……信じられないように首をふって泣き出し、布団に顔を埋めていた姿を思い出します。続けるのは勇気が要(い)りました。でも断乳してからは夜を通してぐっすり眠るし、一人遊びも発展しました。そういえば、外が好きになったのも、それ以来のことです。

 彼が、神と人とに愛される、たくましい青年になるまで、きっと私は、幾つもの殻をぬぎすてさせてもらえるのではないでしょうか。

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 「小さな出会い」は今回が最終回です。ご愛読ありがとうございました。