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小さな出会い 17

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

豊かな食事

 宇田川町から渋谷パルコに続く坂道。20人ほどの若い男女が笑いあいながら並んでいます。

 「ママ、きょう、えんしょくなの?」

 「遠足かな、きいてみようか?」

 「うん」

 人が行列していると聞かずにいられません。

 「あ、ここのスパゲッティの番を待ってるのよ」

 にっこり笑って若い女性が答えてくれました。

 「壁の穴」という、ほんとに壁に穴をあけたような構えの小さなその店は、夫と、7年めの結婚記念日に行ったことのある店でした。和風スパゲッティの元祖とかで、バターの香りと、たっぷり振りかけた粉チーズに、ほどよくゆであげたスパゲッティ、あさり、しめじが溶けあって、実においしいものでした。納豆などメニューもいろいろあったようです。

 それにしても行列とは……、量より質の時代もいよいよ頂点に達した感がありますね。

 外でお食事をするのも思い出になりますが、小学生の頃の、なつかしい秋の食事に、とろろ汁があります。父と共に、晩秋の山へ出かけて、長芋を掘ってくることから始まるのです。なぜか長芋掘りには、私はよくついていきました。教職に農業にと、休みなく働いていた多忙な父と、5人きょうだいの2番めである私は、むかいあって人生論など話したこともありません。でも、私たちを生かし、育てていこうとする気魄(きはく)は、そんな山道で強く感じるのでした。

 伊豆は暖かいために、秋深くなってから山々は色づきます。もんぺをはいて、父のあとを一生懸命、くたびれるほど歩きます。どこからがうちの山なのか、何度行ってもわかりません。

 「ほら! 長芋の葉がみつかったぞ」

 蔦(つた)の葉を長くしたような葉が、黄に色づいて木にからまっているのをみつけ、胸を躍らせて根元をさがすのです。

 つるを切らぬよう、山ぐわで注意深く周(まわ)りを掘ると小指ほどの太さになってきます。

 「ここが“ああず”というんだ。そら、ひっかくとねばねばするだろ。よし、間違いないぞ」

 山に自生した長芋を掘るのは、相当な根気と注意がいります。急な斜面だし、土は固いし、長いままの姿で掘り出せたときの嬉しさ! 私はよく折って土まみれにしてしまったものです。

 夕暮れ、草をまきつけて縛った長芋を23本かついで帰ると、家中でとろろ作りが始まります。たっぷりダシを取ったうまいつゆを、すりおろした長芋にまぜていきます。すり鉢でゴリゴリ、1時間以上もかけて少しずつのばしていくのが、一番大変で、大切なコツのようです。長芋の料理は焦ってはいけない、などと母から教わりながら、子供たちは疲れると交代ですり続けます。やがて、きめのこまかなとろろ汁ができたころ、かまどでも、麦入りの御飯がふっくらと炊きあがるのです。

 さあ、食卓の上にすり鉢ごと置いて、湯気の中で始まる親子7人の賑やかな食事! 麦御飯にかけて食べるとろろ汁の魔法のようなおいしさは、何杯でもおかわりしてしまいます。とてもぜいたくな、そして豊かな食事の思い出です。

 あれは、生きるために食べた量の時代に入るのでしょうか。毎食を作り出す親の汗に、家族のつながりを学んだ食事。……子供たちよ、いつか一緒に、長芋を掘りに行きましょうね。

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 次回は、「びっくりちた?」をお届けします。