https://www.kogensha.jp/shop/detail.php?id=4163

小さな出会い 18

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「小さな出会い」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭の中で起こる、珠玉のような小さな出会いの数々。そのほのぼのとした温かさに心癒やされます。(一部、編集部が加筆・修正)

天野照枝・著

(光言社・刊『小さな出会い』〈198374日初版発行〉より)

びっくりちた?

 ザッバーン!

 浴室中に響く水音。私は左にいたもう1人の子供の方を見ながら体を洗っていたのですが、水音を聞いた瞬間、右側の浴槽(よくそう)のふちに立っていました。

 蛙みたいに、うつ伏せになった2歳半の長男のからだ、1回、落ちた重みでぐっと底の方へ沈み、すぐにフワッと浮かんできました。そこをすかさず抱きかかえ、ぽーんとタイルの上に立たせ、間髪をいれずタオルで顔をぬぐいました。

 この間、一呼吸ほどの短さ。いつも「よいしょ」とかけ声をかけて行動する自分なのに、何と素早い動作だったことか。

 長男は驚いてワーッと泣き出しました。息をつめたせいか水も飲まず、ひと泣きすると何とかおちついて、丸い目をもっと丸くしながら、「ああびっくりちた。ママもびっくりちた?」と何度も言っていました。

 高い浴槽のふちを乗りこえる力がついてきたと同時に、一歩まちがえれば事故になる、こんな危険もあるのでしょう。

 今、私はあの時の子供の姿を思い出しながら、一瞬の間に人間はいろいろ考えることができるものだなあと感心しています。スローモーションのビデオだったらこうもあろうかと、お湯のしぶきをあげながら沈んでいくわが子の姿。その時心をよぎった考えは、原稿用紙に3枚ぐらいはあるのではないでしょうか。表現してみれば——

 「だいじょうぶだ。すぐ浮かぶから、そこを抱きあげればいい。私は湯ぶねに入らない方がいい。まあ、かわいそうに、耳に水が入らないよう後(あと)でよく取ってあげなくちゃ。

 もし誰もいない所でこういう事が起こったら大変なことだわ!

 けさの新聞に、洗濯機に残っていたわずかな水で溺死(できし)した3歳の女の子のことが出ていたけれど、この瞬間その姿が目にうかぶようだ。狭い四角い穴に落ちこむのと同じことなんだわ、しかも水のたまっている…。どんなにもがいたって、別の姿勢なんか取ることのできない狭い狭い所に、さかさにつっこまれる拷問(ごうもん)と同じことじゃないの。苦しかったでしょうね——。うちの子でなくてあの子だったけど親の気持ちは同じだ。どんなに悲しく辛いことか。

 でも子供の周りは、こんな危険でいっぱいなんだ。そういう中で3人とも毎日無事に元気に生きていてくれる! 見えない力に守られて、健気(けなげ)にもすくすくと、1日の大半を、仕事を持つ親と別れて育っていてくれる!

 ああ私も、もっと素直に、感謝でいっぱいになりながら喜んでいこう。人生は自分にはわからない深いところで生と死のやりとりがある。

 今、自分がこうして生きていることのために、何かが支払われていないと、どうして言えるだろう!」

 そう、これは一瞬のあいだに、“ことば”ではなく、“思い”としてひらめいたのです。

 忙しさにすりへらされない、平和なやさしい心でいたい。いい人間になることが、結局子供を守るんじゃないかしらと思ったりします。

---

 次回は、「ほんとは好き」をお届けします。