愛の知恵袋 28
高校の保護者会での話

(APTF『真の家庭』138号[4月]より)

関西心情教育研究所所長 林 信子

「高校生を持つ親の心構え」
 4月は日本全国一斉に入学式ですね。

 早速、保護者会を開催する学校もあります。

 私の所にも講演依頼が届きました。テーマは「高校生を持つ親の心構え」です。数年前に別の高校で、全く同じテーマで話した時のことを思い出しました。その時の私の答えは確か、「親はもう高校生を子供扱いしてはいけない、社会人として送り出す準備期だから。進学か就職か、将来何になりたいか、何ならできそうか。子供達も担任教師や友人と話し合っているはず。親に相談にくれば、人生の先輩で何しろ本人の素質を一番よく知っている親として対応すればいい。夢と希望と、現実と能力、細かく考えても最後は一番大きい『夢』の方を応援してほしい。そして親もこれから始まる子育て後の自分みがきと老後の計画を立てよう。子育ての次の生甲斐のある毎日にしよう。それが高校生の子供達への『次』の教育です。親の生きざまを見せることです。

 親である、あなた方の『今』の姿は、5歳から15歳までに受けた、あなた方の親の言動の結果なのですから。思い出してごらんなさい」。

 そう締めくくって終わり、慰労会の部屋に移りました。保護者会の20名位の役員さんが座っていました。会長さんの挨拶から始まりました。「講師先生の言葉で、私も母を思い出しました。私の母は、私が5歳の時に亡くなりました。亡くなる前に、5歳の私に『お前、大きくなったら、人に役立つ仕事をするんだよ」「母さん、人の役に立つ仕事って何?』中学しか出ていない母は少し考えて『そうね、悪い人を捕まえて、困っている人を助けるお巡りさんがいい』そして、母は亡くなりました。私は小中高を通してお巡りさんだ、お巡りさんになろうと頑張りました。でも私は警察官には向いていませんでした。高い所が怖い、暗い所が怖い、足が震える…でも母の言葉を胸にその後努力して警察官になり、現在は宝塚市の警察署長をやらせて頂いております」。

親たちから学ぶ
 次に副会長と名乗る、まあ赤いTシャツに派手なチェックの上着、ガラガラ声のたくましい父親の挨拶と感想。「イャア、先生!今日は涙が出ました。俺は9人兄弟の真ん中、上から5番目、下からも5番目、毎日上か下かと兄弟喧嘩でしたよ。小学2年の時、阪神ファンの父親が、『今日はみんなで甲子園球場に行こう』と言い出し、子供達は『ワーッ!』と喜んだんですが、俺は長兄に蹴られた後で、ムシャクシャしてて、『阪神なんか負けろ!ボロクソに負けろ!』とわめいちゃった。さあ、怒ったのはトラキチの父親だった。『お前!言ってはいけないことを言ったな!』と俺の口を力いっぱいひねった。俺は更に大声で、『阪神負けろ!』。

 父親は俺だけを置いて皆を連れ球場に行った。すると母親が『お前、今日、他に行きたい所があったの?』『うん、大阪球場!』『じゃ行こうか』俺は生まれて初めて母親と二人だけで大阪球場に行った。チッとも面白くなくて、『帰りにレストランに行きたい、ハイヤーで帰ろう』とわめいた。母は全部を受け入れてくれて『いいよ』と一緒に昼食を食べ、タクシーで家に帰った…。母が運転手に金を払うために、靴を脱いで靴底に折りたたんだ1万円札を取り出した時、オレの体は凍りついた。オレは今日一日何をしたんだ。母のこの金は、母が忙しい中で毎晩内職して貯めた金だ。『母さん!ごめん、大きくなったら親孝行するから許してくれ!』と心で叫んだ。

 今、その母親は、88歳。うちの女房は『どうして5男のあんただけが、お義母さん引き取って世話してるの? 長男も次男もいるしお姉さんもいるのに、ズーッとウチでお世話するの? あなたのお母さんだから、イヤとは言わないけど…何で!』と言いますが、あの一日、あの一日のためです」。

 副会長の話に会場は涙、涙でした。たった一言、たった一日が子供の生涯を決めることもある。一日中、いえ何年傍らにいても愛が伝わらない親子もいる。5歳の子に「人に役立つ人間になれ!」と教えた母。子供のわがままに、一日付き合った母。今年もまた、会場の親達から私も多くを学ぼうと思っています。