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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(121)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
八、悔い改めた時は出発した時と同じ

▲金元弼先生

問題解決は神中心に

 時の重大なことに対しては、諸先生からも聞いていると思います。現実とは、非常に厳しいものです。ですから現実の中にあって、いつもその観念、理想と現実とが合わない、それで非常に苦しいのです。そういうことで、この現実をいかに勝利していくかに対して、皆さんも苦労していると思います。

 私たちの内面に、また周囲に起こるいろいろな現象があります。仕事をする時に、気が合わないとか、そういうことがいろいろ起こるのです。私たちの願わないことが起こるのです。そういうことに対して、皆さんは逃れようとしないで、いかに勝利していくかに心を遣っていただきたいと願います。

 一つの例を話してみましょう。兄弟が私を苦しめるということがあるとします。あるいは社会においても、対人関係でいろいろそういうことがあるでしょう。家庭の中にもあるでしょう。とにかく私の心を苦しめることがあるとした場合には、必ずそれを、自分を中心に解決しようとしてはいけません。全体の、すべての問題を、自分を中心として解決するなということなのです。それは深く戒めなければいけない問題です。それでは、絶対に解決できないのです。

 そこで私は、777双の祝福家庭の人たちに、祝福記念日に一度お話ししたのですけれども、人が私を苦しめるとすれば、常にこう考えてほしいのです。自己を中心とせず、常に神を中心とし、先生を中心として考えるのです。み旨を中心とするのです。

 人が私を苦しめるのは良くないことです。これを教えてやらなければいけないという時、それを感じ取ったのは自分です。自分というものがあって感じ取るのですが、解決の時には、自分を先にして絶対に解決するなというのです。問題視するのは自分ですが、その問題解決には自分を介入させてはいけないのです。

 ということは、自分を苦しめる人を、その人のこととしてだけ考えないで、自分自身のこととして考えるのです。そして苦しめられる自分の立場を神様として、あるいは先生として考えるのです。

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 次回は、「兄弟を通して神の心情を知る」をお届けします。


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