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心情開拓
心霊を育てる生活原則(110)

 原理を生活化するために、李耀翰(イ・ヨハン)先生(1916~2019)が信仰のイロハを日本人の心情を分析しながら説かれた講話集、「心情開拓~心霊を育てる生活原則」を毎週金曜日配信(予定)でお届けします。
 家庭連合の教会員の皆さまはもちろん、世代を超えて多くのかたに読んでいただきたい書籍です。

李耀翰・著

(光言社・刊『心情開拓~心霊を育てる生活原則』より)

6 心霊の安定した者になるために
(1974年10月4日 前橋修練所)

▲李耀翰先生

兄弟に信用されよう

 だから信仰路程において、自分の動機が生命なのです。その動機がアルファでありオメガです。永遠にそれを中心として行かなければなりません。

 毎日私たちは、祈祷やみ言(ことば)や、あるいは兄弟関係の中で、自分の心霊を中心として暮らすようになっているのです。その心霊は、信仰基台の上に安定するようになっています。信仰基台とは何かという、人になくてはならない原理的な実績です。

 家庭であれば家庭になくてはならない人になる。家庭にも、先生や友達にも本当に記憶されて、期待される信仰基台をもった人は、教会に来ても、信仰を除いても、み言を除いても、人間関係において、なくてはならない人になる。負債にならない人。心配をかけない人。

 私たちは存在だから、どこへ行っても、とにかくだれかのために、その環境になくてはならない人間になる責任があるのです。環境を利用して、自分が喜ぶのではなく、自分によって環境を喜ばせる責任があるのです。それは原理的な話です。当然のことなのです。その基台の上に、心霊が復活していくのです。

 人に負債になる者は、絶対に自分の親にも心配をかけるのです。兄弟関係で葛藤(かっとう)するのです。そういう関係になった人は絶対に心霊の置き場がなく、砂場にいる人のようです。すなわち、風が吹いたら揺れてしまう人です。聖書では、砂の上に家を建てるか、磐石の上に建てるかという話ですが、磐石は何かというと、人に褒められる実績、人に負債を受けずに、負債を与える実績のことです。そういう実績のある人は、信ずべき人です。負債を与える人は信じられるけれど、負債を負う人は信じられないのです。その基台がない人には、真理の生命が復活できないというのです。

 まず私たちは、家庭において、兄弟関係すなわち人間関係において、負債にならない人にならなくてはならないのです。神様が直接呼び出した人は、みなそういう人なのです。その当時、義人だと言われたノアもそうです。ヤコブも、自分の家庭で相当認められたあとに荒野に出ていき、ヤハウェに面会するようになったのです。アブラハムも、自分の家庭で相当息子としての責任を果たして、神に呼ばれて摂理に参加したのです。

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 次回は、「心霊の安定のために」をお届けします。


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