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愛の勝利者ヤコブ 37

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

時満ちて

 ヤコブが天幕に帰り、レアとラケルを呼んできょうの一部始終を話すと、何よりもまずレアが烈火のように憤った。

 「何ですって、それであなたはただ黙って引き下がってきたのですか。父は昔から勝手な人だったけど、これほどひどいとは……。

 わたしたち2人だって同じ自分の娘じゃありませんか。12人の子供たちは皆れっきとした自分の孫じゃありませんか。家畜があんなに増えたのも、あなたが18年も身も心もすり減らして働いたからじゃありませんか。

 ベトエルの遺言ですって? ……冗談じゃない。そんなものあるもんですか。おじいさんは何を言われても『はいはい』と言っているようなおとなしい人で、祖母と父とが事実上、万事を取り仕切っていたくらいなのです。その性格からいってもそんな非常識な遺言を書くはずもないし、子供の時からこの方そんなもの見たこともありません。

 わたしが父の所に行って談判してきます。わたしは祖父の筆跡をよく知っているし、石盤の上に書かれた字を見れば、だれが書いたものかすぐ分かります」

 「それは分かるだろうよ。だが、分かったところでどうなるというのかね」

 ヤコブは冷静に問い返した。

 「お父上は族長なんだよ。族長を裁ける人間はだれもいない。遺言が偽物だという証拠を100集めてみたところで、裁決を下すのはラバンだ。どうしようもないではないか」

 「どうしようもないからって、わたし口惜しい。このままでは腹の虫がおさまりません」

 「まあ落ち着いて……お父上は要するに、どんなことをやってでも自分の財産を失いたくはない。そのために無理を承知で仕組んだお芝居だ。娘のお前がかけ合ったからとて聞くようなお人ではない。遺言が偽物だなどと言ったら、それこそ親が信じられないのかと逆手に取られて義絶され、このまま追い出されてしまうかもしれない。

 忍耐することだ。ラバンを裁く人間はいないかもしれないが、人間よりはるかに知恵深く、愛そのもの、正義そのものである神が一部始終を見ておられる。審判は神にゆだねよう。

 わたしにも考えがある。まあ見ていてくれ。つまらないことで気をもませて悪かった」

 ヤコブは決然として、そう言い放った。

 翌朝ヤコブは早く起き、深々と神に祈りをささげると、しまのもの以外に、自分の所有であることが確認された200頭ばかりのぶち、まだら、黒の家畜の目立たない腹の部分の毛を十字形にそって、あとで文句がつけられないようにした。また発情期になると、冷水で身を清め神に祈りつつ、はこやなぎ、あめんどう、すずかけの枝をちょうどしまになるように削り取った。

 夕方になり、家畜たちが水飲み場に集まってくると、ヤコブはしまと自分の所有と決まったぶち、まだら、黒の雌がやって来るたびに、祈りを込めた枝をその前に置いた。すると、驚いたことに、ラバン側の羊ややぎの雄はヤコブのしま模様の雌のほうに、ラバン側の雌は群れをなして、しま模様の雄のまわりに集まって来た。

 こうしてしまのものと交配した家畜の子は、ことごとくしまの子だけを産むようになった。また、ヤコブの所有に決まった雌羊たちも驚くほど多くの子を産んだ。ヤコブはその子たちの腹の毛をことごとく十字形にそった。

 ラバンの子たちは水飲み場で一緒になるのを避けようとして、時間をずらそうとした。ヤコブも抜け目なく密偵を放って、ラバンの子たちが水飲み場に出かけようとするのを見ると、のろしをあげさせて到着時刻が分かるようにした。

 こうした虚々実々のかけ引きに神の守りも加わって、その翌年には、ヤコブの所有の家畜が遺言騒動以前よりも多い800頭にまでなった。さらに翌年──最初の14年が過ぎたあとの6年目には、何と3000頭を数えるに至り、ラバンの子たちの家畜の総数を上まわるほどになった。ラバンは渋面をつくって、ヤコブがあいさつをしても顔をそむけて、愛想笑いひとつしないようになった。

 気づいてみると、メソポタミア上流の沃地(よくち)、ハランにヤコブが住み着いてから早くも20年の歳月が過ぎ去っていた。

 カナンの地をひそかに逃れた時、すでに高齢でよわいいくばくもなく思われた父イサク、年の割りにいつまでも若々しく思慮深かった母リベカ、そうしてヨルダン川をかこむ美しい自然と人々、皆今ごろは一体どうしていることだろう。

 ──長い苦しい戦いの連続に他を顧みる時もなかったヤコブも、秋ともなり木々が色づき始め、虫があちこちの草むらにすだき夜通し鳴き続けているのを聞くと、急にやむにやまれぬ強い望郷の念に駆られるようになった。

 そのころ──ちょうどヤコブがハランの地を訪れた時と星が同じ位置に来るようになったある夜のこと。かつて荒涼とした砂漠の町はずれルズ(ベテル)で石を枕にして寝ていたヤコブの前に、天にまで届きそうな長いはしごを上り下りする天使と共にかたわらに現れた神ヤハウェが再び現れ、こう親しく自分に語りかけるのを夢のうちで聞いた。

 ヤコブよ、もうよい。あなたの先祖の国へ帰り、親族のもとに行きなさい。わたしはあなたと共にいるであろう(創世記313)。

 そこで翌日、人をやって、レアとラケルを野にいる自分の群れの所に来るようにと言い、こう話を持ちかけた。

 「このごろのあなたがたの父上のご様子は以前とは別人のようだ。わたしを亡き者にしようとさえ考えておられるような節が見られます。しかし、わたしの父なる神ヤハウェはいつもわたしと共におられます。

 あなたがたも知っているように、わたしは力の限り、誠心誠意、お父上にお仕えしてきたつもりです。しかし、父上はわたしを欺いて、わたしと約束された報酬を十度も勝手に変えてしまわれました。けれども神は、父上がわたしに害を加えることをお許しにはなりませんでした。

 ご存じのように、父上が『ぶち、まだら、黒のものをあなたの報酬にしよう』と言われると、群れは一斉にぶちやまだら、黒のものばかりを産み、父上が策を弄(ろう)してその約束をご破算にしようとし、それなら『しまのあるものを下さい』と願い出て父上の承諾を得ると、群れのものは皆しまのあるものばかりを産むようになりました。

 群れが発情した時、夢の中で目を上げて見ると、群れの上に乗っている雄羊や雄やぎは皆しまのものか、そうでなければ改めてわたしの所有物であることを確認された腹に十字の印のある雄ばかりでした。

 それでわたしは、自分でもそれなりに本来神のものである家畜の群れを一頭でも多く神にお返ししたいと思って努めたつもりですが、その努力のうえに神が大きく働かれてあのような奇跡が起こったのだと分かったのです。

 その時……」

 とヤコブは大きく息を継ぎながら続けて言った。

 「神のみ使いがわたしに呼びかけられました。

 『ヤコブよ』

 『はい、わたしはここにおります』

 『お前が知恵と力を振りしぼってやったことをわたしが放っておかず、奇跡を起こして助けたことが、今お前が目の当たりにしたことから分かっただろう。わたしはベテルの神である。

 あそこでお前は〈神がわたしと共にいまし、わたしの行くこの道でわたしを守ってくださるのなら、あなたをわたしの神といたしましょう。また、あなたがくださるすべての物の10分の1を、わたしは必ずあなたにささげます〉と枕としていた石を取って柱とし、その上から油を注いで誓った。

 お前はその誓いを忠実に守って20年間、苦情も言わずに働いた。わたしはその一部始終をすべて見ていた。今お前も、わたしが陰にあって常にお前を守っていたことが分かったであろう。これでこの地でお前がやるべきことはすべて終わった。

 すぐにこの地を発ち、この地で得たものをすべて連れてあなたの生まれ故郷に帰りなさい』(創世記31513参照)。

 こう告げられたのだ。レアとラケルはどうするつもりか? 神が言われたとおりするか、それともこの地にとどまり続けるか」

 こう言ってヤコブは2人の顔をじっと見つめた。

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 次回は、「大脱走」をお届けします。