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愛の勝利者ヤコブ 36

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

試練は続く(*10)

 ラケルを嫁にという約束で7年、さらにラバンの奸計(かんけい)で姉レアと結婚させられるはめとなり、改めてラケルをも嫁としてもらう代償として7年。そのうえまた2人の妻と結婚後の7年間に、子供の数争いでレアとラケルがヤコブと同衾(どうきん)させたつかえめとの間にできた子供たち、合計12人の子供を養うに足るだけの家畜を得るため、ヤコブはだれもが休む祭りの日を除いてはほとんど一日も休まずに働きづめに働いているうちに、いつしかまた4年の歳月が過ぎ去った。

 最初の14年の契約後、改めてラバンと再契約したおり、ヤコブはあとでラバンとの間で悶着(もんちゃく)が起きないようにと気を遣って、ぶち、まだら、黒の羊ややぎ──1000頭のうちせいぜい56頭しか産まれず、毛皮もごく安くしか売れない、いわば傷ものばかりをもらい受けるという約束で働き始めたわけだが、ヤコブの抜群の知恵と神の助けとによって年々、ヤコブの取り分となる家畜がねずみ算式に増えていった。最初は230頭しかいなかったぶちやまだら、黒のが、翌年には100頭、3年目には250頭……というように増えていき、4年目には600頭以上にもなっていた。

 ラバンの息子たちは父に訴えに行った。

 「この調子じゃ、あのずるいヤコブに家畜を根こそぎ持っていかれてしまいますよ」

 「一体全体、これはどういうことなんだ」

 そうでなくてもいらいらして居ても立ってもいられなくなっていたラバンは、息子たちに語気も荒く詰問した。

 「いくら考えても分かりません。ヤコブには神様がついているということですし、何か魔法でも使っているのでしょう」

 「この間抜けども、ヤコブが何をしているかもっとよく調べてこい」

 その結果、家畜の水飲み場でヤコブが、はこやなぎやすずかけの木を使って、何やら怪しげなことをやっていることが分かった。しかし、ラバンは盗みのような明らかな犯罪行為でない限り、「どういうことをしてはならない」という約束をしたわけではないから、族長の立場としてそれを禁止するわけにもいかなかった。

 考えた末、ラバンは3人の息子を深夜ひそかに呼び寄せ、3枚の石盤に何か文字を刻み込んで秘策を授けた。

 「おいお前たち、よく呼吸を合わせて真剣にやれ。どじを踏まぬよう、あらゆる場合を考えてよく打ち合わせておけ」

 さてそれから3日ばかりたった夕食前のひととき、ヤコブが帰ってくる道すがら、森の木影でラバンに向かって3人の息子が血相を変えて食ってかかっているのに出くわした。ヤコブが思わず何事が起こったかとそちらに歩み寄ると、ラバンははっとした様子で、

 「おいそれは身内の話じゃ。うっかりしておったわしも悪かったが、いったんヤコブに約束したこと、それを今さら変えられると思うか、このばかども」

 「しかしお父さん」

 「できないといったらできない。これは男同士の約束じゃ」

 ヤコブは思わずつられてラバンに尋ねた。

 「一体どうなさったのです」

 「いやいやこれは内輪のことじゃ。あなたとは関係のないこと。おい、そんな石盤どこか地面にでも埋めてしまえ。お前ら内輪の恥をさらす気か」

 「しかしいかにお父さんでも、そういう非道なことは許されません」

 「親に向かって何を言う。だからこうして土下座をしてわびておるではないか。それでも聴けんと言うのか、そういう分からず屋とは知らなんだ。

 わしに親の資格がないというのならそれでもいい。わしの面倒など見んでも構わぬから、どこへでも好きな所へと往んでしまえ。ろくな稼ぎもせぬお前たちの世話にならんでも、自分で自分のことぐらいどうにでも始末できるわ」

 「まあまあどういうご事情かは知りませんが、そんなにお怒りになってはお体にもさわりましょう。何かわたしとの約束のことでもめておいでのようにお見受けしますが、どういうことなのか打ち明けてはくださいませんか。わたしとしましても実の子供のように、何くれとなくお世話いただいております。事と次第によっては……」

 しめたうまく網に引っかかってきたと、ラバンは内心ほくそ笑みながら、表面はいかにも深刻そうに額にしわを寄せて、

 「いやいや親切はかたじけないが、こればかりは口が裂けても言えません。許してくだされ。おい、身内の恥になるそんな石、早く片付けてしまえ。そのことについてはあとでまた機会を改めて話し合おう」

 そう言うと、3人の息子ははっとしたように石盤を胸に抱えて、蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げ始めた。好奇心の強いヤコブがつい反射的にあとを追いかけると、一番下の息子が急につまずいて、石の表のほうを上に向けて放り出した。

 何だろうと身を乗り出してその石に刻み込まれた文章を読んだ瞬間、しまった、はめられたとヤコブは唇をかみしめた。そこには次のように書かれていたのである。

遺言
 遺産の事にてのちのち争いの起こらぬようラバンの子の分け前を次のように定め置く。白い家畜は3人の男子に平等に分け、ぶちは長子エゼル、まだらは次子ヤレド、黒は三子ハゾが受け継ぐものとする。 ベトエル

 そんなばかなとヤコブは思った。父が自分の子の取り分を決めることはあっても、祖父が孫の遺産配分を決めるなどということは聞いたためしがない。しかもこんな珍妙な文面──これが偽書であることは一目瞭然(りょうぜん)であった。しかし証拠がない以上、偽物だと一概に決めつけるわけにもいかない。

 「やあ、見られてしもうたか、面目もない。

 いや、わしの父のベトエルは大変な苦労症で、変わった人での。それでこんな遺言を書いた石板を3人の孫に書き残していって、そのことで今、わしが責められているというわけなのじゃ」

 「いや変人どころか、神のような先見の明のある賢いお父様ではありませんか。将来こういうことが起こるだろうということまで見通しておられたのですから」

 ヤコブは精いっぱいの皮肉を込めて、こう言うのが関の山であった。ラバンもさすがに気がとがめたのか、顔が真っ赤になった。

 「それではこう致しましょう」

 腹が立つよりもそのあまりの強欲さにあきれ果て、あわれみさえ覚えつつ、ヤコブのほうから切り出した。

 「あなたはお父上の言いつけに従う義務がありましょう。しかしわたしも数多くの妻子、従者を養わなければなりません。わたしはぶちとまだらと黒のものを要求いたしました。しかしここにもう一つ、そのどれにも属さない種類のものがございます」

 「えっ、何それは」

 「しま模様のものです。これも広い意味ではぶち、まだらのうちに入るのかもしれませんが、二つの色のそれぞれがからんだ全体を輪のように取り巻いてどこにも切れ目がないという点で、厳密に言えばぶちとは違います。このしま模様の羊とやぎをわたしに頂けませんか。それならあなたのお立場も立つし、わたしも苦しいながら何とか一族の者を養っていくことができましょう」

 ラバンはうなった。何という頭のいいやつか。この要求には非の打ちどころがなく、ラバンも返す言葉がなかった。

 「そなたの言うとおりにしよう。それから……」

 良心の呵責(かしゃく)に駆られつつ、ラバンは言った。

 「ぶち、まだら、黒のもな、どうだお前たち、3分の1ぐらいはヤコブに譲ってやっては。ヤコブはわしの子同然に、いやそれ以上によく働いてくれた。

 父上もここに甥(おい)のヤコブが来ようとは想像もされなかったことだろうから、そのぐらいしてやっても遺言に背いたということにはなるまい。どうじゃ……わしの顔も立ててくれ」

 「まあそのぐらいなら……どうだ弟たち」

 長男のエゼルも言葉を添えた。みんな内心ではうまくいったと快哉(かいさい)を叫びながら、表面はさり気なく、仕方なくしぶしぶといった表情で首をたてに振った。これでヤコブの取り分は、一挙に200頭に減らされてしまったわけである。


*注:
10)この章は、創世記3179節。ラバンはヤコブを欺いて十度もヤコブの報酬を変えた。しかし神は常にヤコブを守り、「ぶちのものはあなたの報酬」と言うと群れはみなぶちを産み、「しまのものは」と言うと群れはしまのあるものを産んだとあるところから、おそらくこんなやり方でヤコブを十度もだましたのだろうと、想像して筆者が独自に創作したものである。

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 次回は、「時満ちて」をお届けします。