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愛の勝利者ヤコブ 35

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

ラバンの強欲

 ヤコブの子をめぐって姉妹が火花を散らして争い合っているうちに、最後にヨセフが生まれた。そこで約束の7年が過ぎたことになっているが、どうもそれでは勘定が合わない。男の子が11人で女の子が1人というのもあまりに偏り過ぎて不思議だが、4人の女の胎を通してとはいえ、7年間で12人の子供が生まれるものだろうか。

 まずレアに4人。そこでラケルが負けてはならじとつかえめビルハを通じて2人、レアもつかえめジルパを通じて2人、その後にレアが3人生み、ラケルが1人を生んでいるのだ。休みの期間が全くなかったと仮定しても、12人生むには最低9年を要する。ビルハとジルパが同時に並行して子を生んだとして、やっと何とか辻褄(つじつま)が合うというところか。

 常識的に考えて、これだけの子を生むには7年以上、おそらくあとの期間にずれ込んだのではないかという気がする。

 しかしそれはあまり本質的な問題ではないから、よけいな詮索(せんさく)をするのはやめておこう。ともかくも、次の世代のヒーローとなるヨセフが生まれ、約束の7年が過ぎたところでヤコブはきっぱりとけりをつけようと思い、ラバンの所に談判に行った。

 「伯父さん、約束の7年が過ぎました。あなたにお仕えして神からの恵みとして与えられた妻子と共に、わたしの故郷に帰らせていただきとう存じます」

 これは全くもっともな言い分であり、ラバンもその申し出を拒むことはできなかった。しかし、ヤコブが来てから14年、奇跡としかいいようのないほど家畜が増え、商いの収益もあがった。それに引き換え、ラバンの息子たちは何とも頼りない。富に目がくらんでいるラバンとしては、この福の神を何としてでも去らせたくなかった。

 「まあ、あなたがそう言うのなら、むりに引き留めるわけにもいくまい。しかしどうだろう、もう少しこの地に留まっては。それだけ多くの妻子を養うには何かと物入りもあろうからの」

 何だって、とヤコブの頭の中でそろばんが忙しく駆けめぐった。ラケルが欲しいばかりにこの14年間、ラケルを妻にということだけを条件に働いた。そのほかには何も要らないとまで断言した。若気の至りとはいいながら、自分としたことが何と間抜けな取引をしたものか。ラバンのことだ。その言質(げんち)を盾にとって、せいぜい十数頭ぐらいの羊をお祝儀として、恩着せがましくよこすだけでお茶をにごそうという魂胆かもしれないぞ……。

 「あなたの働きでわたしの財産も信じられないぐらい増えた。あなたには確かに神様がついておられる。あなたのおかげでわたしにも大きな恵みを与えられたと、いつも感謝しております」

 ラバンの言葉はいつになくていねいだ。「お前」とさえ呼ばず「あなた」と言う。だが、こういう時こそ十分警戒しなければならないのだ。

 「いろいろお心遣いをしてくださってありがとうございます。それでは妻子を養うに足りるだけのものを稼ぐまで、もう少し当地に逗留(とうりゅう)させていただきましょう」

 「そのほうがあなたのためにも良かろうて。で、その働きに対してわたしは何をあげたらよいかな」

 「あとでつまらないことで争いが起きないように、あなたの家畜の群れの中から、ぶちとまだらの黒い羊とやぎ、それだけを全部わたしに下さる。こういう条件でどうでしょう」

 ぶちやまだらの羊はいわばできそこないで毛を売ることができないので、食肉用にするより仕方がない。しかも1000頭につきせいぜい56頭しか生まれない。悪い話ではないな、とラバンは思った。

 取り決めが決まるとラバンは、さらに自分の利益を確実に守るため、しまやまだら、黒い羊ややぎを残らず群れから引き離して自分の息子たちに渡し、ヤコブに渡した群れとの間に歩いて3日かかるほどの距離を置いた。これだけ引き離しておけば交配のチャンスがなく、ヤコブといえども自分の分の家畜を増やすことはできまいと思ったのである。

 だが、知恵においてはヤコブのほうが数等まさっていた。水を飲む井戸は一つしかなく、そこで二つの群れがどうしても一緒にならなければならないことを、ラバンは見落としていたのだ。

 ヤコブは、はこやなぎ、あめんどう、すずかけの木のなま枝を取り、皮を剥(は)いでしま模様にし、ラバンの子たちのしまやまだらの雄が来ると、水ぶねにそのしま模様の枝を置いておびき寄せ、自分に任せられている雌とつがわせた。その雌がやがてしまやまだらの子を産む。その子を自分の牧場にかこって育て、成長して発情期になると、その雄の背中の皮の一部をそって、自分に任せられた群れであることをはっきりさせたうえで、ラバンの子の雌とつがわせた。

 このようにした結果、自分の牧場にも、ラバンの子の牧場にも、ぶちやまだらの家畜が異常に多く産まれた。ヤコブがあとで述懐したところによると(創世記32912)、そこには多分に神の助けがあったようで、ちょうどモーセが杖で紅海をたたいてその水をあけたように、しま模様の木の枝の前ではらんだ群れは、普通の遺伝法則による場合よりはるかに高い率でぶちやまだらの子を産んだようである。

 ヤコブはさらに、ラバンの子の群れのうち強い雄が発情した時には、その群れが水ぶねに集まったその前にそのしま模様の枝を置き、弱い雄の時には置かなかった。この枝には交配をうながす力が与えられていたようで、このため、ヤコブの飼っている群れは強いものとなり、ラバンの子の群れは弱いものばかりになった。

 こうして強い体質に変わった雌の群れをラバンの子のぶちやまだらの雄とつがわせて、自分の所有であることを示すマークを一つ一つ押していった。

 ラバンはこれに対抗しようと、自分の牧場の近くに新しい井戸を掘ろうと試みたが、すべて徒労に終わった。

 こうして6年もたつと、ぶちやまだら、黒の家畜はねずみ算のように増え、「この人は大いに富み、多くの群れと、男女の奴隷、およびらくだ、ろばを持つようになった」(創世記3043)とある。

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 次回は、「試練は続く」をお届けします。