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愛の知恵袋 174
ショウヘイとイチロー

(APTF『真の家庭』295号[20235月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

WBC優勝の興奮と余韻の中で

 2023年の春は私達にとって二つの点で特に感慨深い“うれしい春”でした。

 一つは、新型コロナ感染症が3年間も猛威を振るい、私達は囚人のような暮らしを強いられ重苦しい空気に覆われていましたが、やっと終息の気配が見えたことです。商業活動も活発になり、私達に再び本来の日常生活が戻り始めたのです。

 もう一つは、折しも6年ぶりのWBC大会が有観客で開催でき、世界中の野球ファンが熱狂し、とりわけサムライジャパンの快進撃に日本中が興奮と感動に沸いて、未来に希望を感じることができたことでしょう。

 大谷選手やヌートバー選手をはじめとした名選手たちの活躍が私たちを興奮させ、球場内外での数々のエピソードが私たちの心を温めてくれました。

強ければよいのか? ただ勝てばよいのか?

 私がこの期間に強く感じたことがあります。野球も「勝敗を競うゲーム」であることに変わりはありません。

 しかし、ただ勝ち負けを競うだけなら、勝者はおごり、敗者は屈辱を味わうだけで終わります。しかし、今大会が世界の人々に感銘を与え、今なお余韻を醸し続けている理由は、単に選手の名プレーや勝敗だけではありませんでした。

 優勢のチームも劣勢のチームもルールを守り、最後まで全力を出し切って戦う姿。そして日本チームが見せた相手の選手やチームに心からの拍手を送る謙虚な姿が世界の人々の胸を打ち、すがすがしい感動を与えました。

 SNS上では世界の様々な人達から、「これぞ理想の野球だ」「真のスポーツマンだ」「日本は野球をより高貴なものにしてくれた」そんな声さえ聞かれました。

 今大会で日本チームが世界の野球ファンから得た敬愛の念は、優勝したことに対する称賛だけではなく、野球を心から愛する純真な精神、対戦相手をリスペクトする謙虚な態度…それらによるところが大きいのではないかと思います。

 大会後、サムライジャパンも解散し、選手たちは元の所属球団にもどりました。

 アメリカでは43日のエンゼルス対マリナーズ戦での大谷選手とイチロー氏との出会いの様子が話題になっていました

 イチロー氏はメジャーリーグへの道を切り開いたレジェンドであり、実直でアメリカ人からも尊敬される選手でした。彼は2019年に引退し、今はマリナーズの会長付特別補佐でインストラクターとして選手の指導に当たっています。

 試合前のこと。大谷選手はレフト付近で壁当ての練習をしていましたが、フィールドに出てきてランニングを始めたイチロー氏に気が付くと、すぐにライト側まで走っていきました。

 彼はイチロー氏に声をかけ、帽子を脱いで丁寧にお辞儀をして挨拶。すると、イチロー氏はにっこりと笑い、手袋を外して右手を差し出しました。大谷はその手を両手で包んで敬意をこめた握手を交わし、しばし談笑しました。そして再び頭を深々と下げてまた練習へと戻っていきました。

 わずか数分の出来事でしたが、各国のメディアはその情景に心を動かされ、「大谷とイチロー氏の間にある友情以上に美しいものは野球界にそう多くない」「MLBファンがイチロー氏への大谷の敬意を示すジェスチャーに心を奪われた。なんと上品な男だ!」と賛辞を送りました。

 「日本では体育会系なら先輩後輩の礼儀としてごく当たり前のことだ」という声もありますが、外国では状況が違います。まして、メジャーリーグの有名選手ともなると、尊大な態度をとる選手も少なくありません。

 大谷選手は世界の舞台でトップを極めるような立場になっていても、純真で謙虚な姿勢を失わないことが国を越えて尊敬され愛される理由なのでしょう。

目的も手段も正しい者こそ真の勝者

 この事は個人の生き方にも、また、国家のあり方にも通じるものがあります。

 「どんな手を使っても出世した者が成功者!」という人生観を持つ人もいます。しかし、そのような人物は高い地位にある間は恐れられ周囲から媚びへつらわれるかもしれませんが、心から尊敬されることはありません。

 国家でも同じです。「どんな手段でも支配した者が勝ちだ」という考えの国もあるようですが、そのような国は一時的には君臨できても、多くの国々の反発を買い、いずれは滅びていきます。

 私達の人生も、「結果さえ良ければ過程は問題ない」という考えではなく、目的も手段も正当であってこそ、真の成功者になることができるのではないでしょうか。

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