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真の父母様の孝情を学ぶ 4
めん鳥が雛を抱くように情にあふれた村

 『ムーンワールド』で連載中のコーナー、「真の父母様の孝情を学ぶ」を隔週日曜日(予定)でお届けします。
 韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁(真のお母様)の自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』からの抜粋をイラストとともにつづるコーナーです。

 今回は、「めん鳥が雛(ひな)を抱くように情にあふれた村」(4951ページ)からの抜粋です。

 凄絶な抑圧の時代の最中である1943210日、陰暦では16日の明け方、私は平安南道(ピョンアンナムド)の安州(アンヂュ)で生まれました。現在は安州市七星洞(チルソンドン)という地名になっていますが、当時の住所、「安州邑信義里(アンヂュウプシニリ)26番地」を、今も鮮明に覚えています。私の故郷の村は、それほど田舎ではありませんでしたが、まるでめん鳥が翼の下でそっと雛を抱くように、温かく、情にあふれた村でした。ほとんどがわらぶき屋根の家でしたが、私が生まれたのは広い板の間もある、瓦屋根の家でした。

 家の裏には、栗(くり)や松の木が茂る小さな山がありました。季節に合わせてきれいな花が咲き、様々な鳥のさえずりが、まるで合唱をしているかのように聞こえてきました。暖かな春には、家々の垣根の間から黄色いレンギョウが明るくほほ笑みかけ、裏山ではツツジが真っ赤に咲き乱れました。村には小川が流れ、水がカチカチに凍る真冬の時期以外は、いつもちょろちょろと愛らしい音を立てていました。

 私は、鳥のさえずりと同じように、その川の音を自然の合唱として受け止めながら育ちました。今も思い浮かべると目頭が熱くなるほど、温かな情感を抱かせてくれる、母の懐のような故郷です。

 裏庭には、トウモロコシがぎっしり植えられた小さな畑がありました。夏も暮れになるとトウモロコシがよく熟し、皮が裂けて細長いひげの間からツルツルした黄色い粒が顔を出します。

 天気の良い昼下がり、母はよく、ぎっしりと実の詰まったトウモロコシをゆでてくれました。それを竹のかごに入れて板の間に置くと、近所の人たちを呼びにいきます。すると、周りの家から一人、二人と戸を開けて入ってきては、床に座り、トウモロコシを分けて食べるのです。村の人々は感謝しながら食べていましたが、その表情はあまり明るいものではありませんでした。今考えてみれば、みな暮らしに余裕がなくて飢えをしのぐこともままならず、心と体が疲れ切っていたのでしょう。

 私もその間に入り込み、小さなトウモロコシを一つ、何とかむしって食べようとしました。しかし、なかなかうまくいきません。すると母がにこりと笑い、黄色い粒を指で取って、私の口の中に入れてくれるのです。その甘いトウモロコシの粒が口の中をあちこち転がっていたのが、まるで昨日のことのように思い出されます。

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 次回は、「神様がお前の父親である①」をお届けします。


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