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真の父母様の孝情を学ぶ 5
神様がお前の父親である①

 『ムーンワールド』で連載中のコーナー、「真の父母様の孝情を学ぶ」を隔週日曜日(予定)でお届けします。
 韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁(真のお母様)の自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』からの抜粋をイラストとともにつづるコーナーです。

 今回は、「神様が、お前の父親である」(5557ページ)からの抜粋です。

 「かわいい我が子よ、教会に行こうか」

 私はタタタと走っていき、母の手を握ります。教会に行くのは大好きでした。4歳の頃から、私は母と一緒に教会に通いました。

 ある日曜日、礼拝から帰る道すがら、村の入り口で母が足を止めました。母は道端に可憐(かれん)に咲いている野花を一輪手折り、後ろに垂らした私の髪に差してくれます。そして、私の耳に口を寄せ、小さな声で優しくささやきました。

 「とてもきれいよ、主の貴いお姫様!」

 いつも変わらない、母の眼差し。切なさに満ちたその瞳は、真っ青な空をひとすくいして収めたように、深く澄んでいました。時にはそこに涙の跡が残っており、言い知れない悲しみを感じることもありましたが、母の深い心情を知る由もない私は、「主の貴いお姫様」という一言に胸をときめかせ、喜ぶばかりでした。何ものとも比べることのできないその貴い言葉を聞くたびに、胸が温かくなり、幸福に満たされました。

 私はまだとても幼い年でしたが、母は祈るように力を込めて、「主の貴いお姫様」と言ってくれました。これは、たった一人の娘である私に向けた、母の生涯をかけた祈りの題目でもありました。こうして、私は神様の娘、主の娘であるという自負心を持って、すくすくと育ったのです。

 祖母もまた、私の目を見つめながら、はっきりと教えてくれました。

 「神様が、お前の父親だよ」

 ですから、私は「父」と聞けば、常に天の父を考えたのです。「神様」という言葉を思い浮かべるだけで、心が温かくなり、優しい気持ちになれました。思春期も、人生について悩んだり、父に対して寂しい思いを持ったり、貧しさを恨んだりということは全くありませんでした。私の根本である父なる神様が、いつもそばにいて、見守ってくださっていたからです。神様は私が生まれた時から、私にとって親でした。

 一方で、私は他の人とは違う鋭い霊的直感力も持っていました。文(ムン)総裁も大勢の前で、人や物事に対する私の洞察力が明晰(めいせき)で優れていることに何度も言及し、称賛してくれたものです。

 祖母と母は、血筋や、人情に引っ張られることなく、天情の道理を私に継がせるために、あらゆる努力をしてきました。骨髄が溶けるようなつらい苦労を意に介さず、神様の前に一片丹心、従順する姿を、その生き様を通して見せてくれました。祈りの精誠だけをもって、はるか高い石塔を築いていくように、極めて繊細で、切実な心情で毎日を過ごしていたのです。

 私は一日に何度も縁側に立ち、青い空を見上げました。美しい鶴が数羽、空を飛んでいくのをよく見かけました。そのような日は、澄んだ空をずっと眺めながら、将来を思い描き、期待に胸を膨らませたものです。

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 次回は、「神様がお前の父親である②」をお届けします。


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