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信仰の伝統
教会創立以前から文鮮明先生に侍って(98)

 家庭連合の信仰の長兄である金元弼(キム・ウォンピル)先生(1928~2010)の講話をまとめた書籍、「信仰の伝統」を毎週日曜日配信(予定)でお届けします。
 本書を通じて神様の深い愛と文鮮明先生の心情の世界、信仰の在り方を学ぶことができます。

金元弼・著

(光言社・刊『信仰の伝統 教会創立以前から文鮮明先生に侍って』より)

第二部[講話集]生命と愛と理想を懸けて
四、メシヤと霊界

▲金元弼先生

先生を研究する

 時々、先生はこんなこともされるのです。ある人が心尽くしのお菓子を持ってきました。ところが、先生は受け取られなかったのです。せっかくおみやげに持ってきたのに、その人は寂しかったかもしれません。あとで知ったのですが、その人がそうされることによって自分を省みるというのです。この人は、先生が真のお父様であるという啓示を受けていた人でした。普通の人には、先生はそんなことはされません。

 この人は、神の啓示によって心尽くしの物を買ったのでしたが、それが100円のものを「90円にしてもらえないか」と言って買ってきたのです。私たちでしたら問題になりませんが、啓示によってメシヤだと分かってついてきた人なので、たとえ100円のものを1000円だと言われても、高いと考えてはいけない立場なのです。神の願いから離れた考え方だったのです。それを、どのように先生はお知りになったのか分かりませんが……。

 ある食口(シック)が私に、このような質問をするのです。「メシヤは何でも知っていますか」と。皆さんはどのように答えたらいいと思いますか。私は、「知ろうとすれば、何でも知ることのできる方である」と答えたいのです。先生は、なぜ私たちに聞かれるのですか。試すためですか。そうではありません。知ろうとすれば、何でも知ることができる方です。

 あの人には非常に悩みがある、あの人は悩みのない人だということくらいは分かります。しかし、個人個人の深いことは、ただでは分かりません。神に通じなければできないのです。霊界に通じなければいけません。お祈りの時間が必要です。神の願うたくさんの重要なことがあって、それでも時間が足りないというときに、個人の事情を知るために時間を費やすことはもったいないのです。しかし、その人が、本当に神の前にあって知らなければならないことで、それをすることが数多くの人にとって必要ならば、そうすることもあり得るでしょう。

 先生に対して私たちが研究しなければならないのは、一つは真理の面において、二つ目は人格の面で、三つ目は心霊の面においてです。先生を研究していくならば、自然と自分が近くなっていくのです。

 神のために、人類のために自分を推し進めていくならば、必ず私たちの心ははっきりしていくと思います。

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 次回は、「神を中心として見る」をお届けします。


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