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新・熱き祈祷のすすめ 50

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「新・熱き祈祷のすすめ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 祈りの必要性や祈りの種類、実践方法をまとめた祈祷の手引書です。

松本 雄司・著

(光言社・刊『新・熱き祈祷のすすめ』より)

第八章 私が祈祷と取り組んだ理由と恩恵

2 祈祷によって与えられた恩恵(1

 この1年間の闘いだけを振り返ってみても、私は祈りの中から、自分の生涯の宝物となる数々の恩恵を頂いた気がします。

① 神様の心情がより近くに感じられるようになったこと
 短時間でも、集中して祈れば、神の臨在を感じることができるようになりました。

② メシヤに対する心の底からの確信が得られたこと
 私は、ひたすら神を求めて祈っていったのですが、神様に近づけば近づくほど、不思議と父母様が近くなったのです。神様の心情に触れると、神様が真の父母様をどれほど愛され、いとおしく思っておられるかということが伝わってきたのです。

③ 自分の罪深さに気がつき、傲慢さを打ち砕かれ、謙虚になれたこと
 若いころ、自分がとってきた言動が、いかに高慢で、恥ずかしいものであったかを気づかされ、兄弟姉妹を決して傷つけないように努力しようと思うに至りました。

 また、自分の罪深さを痛感し、私に救い主が必要であることを実感することができました。それまでは、私にとって「真の父母様」は、「この世を救うメシヤ」ではあったのですが、「私自身に必要不可欠の方」、「私の罪を救ってくださるメシヤ」としての実感が乏しかったのです。

④ 愛が根底にない説教は、裁きにこそなれ、兄弟を真に生かすことができないということを悟らされたこと
 み言は、救いにも裁きにもなります。み言は「剣」であるから切れ味が良いのです。どんなに立派なみ言をとうとうと語れても、その心に本当に相手を思う温かい愛情がなければ、その人の魂を生かすことはできず、語れば語るほど、聞く人を苦しめ裁いてしまうものであることを知らされました。

 このとき以来、私の説教の仕方は大きく変わりました。説教の数日前から必ず準備をし、兄弟姉妹の前に立つ前にも真剣に祈る習慣をつけるようになったのです。別室で、聞く人たちの顔を思い浮かべつつ祈ります。「神よ、私に彼らを愛し得る心を与えてください」と祈り、相手が大切に感じられ、いとおしく思う心情がわいてきてから、壇上に立つようになりました。不思議にも、それから日を追うごとに、礼拝の参加者が増えてきたのです。

(続く)

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 次回は、「祈祷によって与えられた恩恵(2)」をお届けします。


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