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新・熱き祈祷のすすめ 48

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「新・熱き祈祷のすすめ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 祈りの必要性や祈りの種類、実践方法をまとめた祈祷の手引書です。

松本 雄司・著

(光言社・刊『新・熱き祈祷のすすめ』より)

第八章 私が祈祷と取り組んだ理由と恩恵

1 私が祈祷と取り組んだ理由(2)

 こうして、三つの課題を中心に祈り始めましたが、あえて時間配分で言えば、十のうち六を「ヤンキー・スタジアム大会」勝利のために、三を「3倍加伝道」勝利のために投入し、そして、残りの一を自身の課題と諸々の課題のために祈ったように思います。

 3月から6月1日の大会当日までの3カ月間、毎日、朝の6時30分から、祈祷会をもちました。10人ほどの食口(シック)たちも共に、祈りの座に加わってくれました。最初は輪になって、『御旨の道』などのみ言の輪読をし、そのあと、21分間全員で集中して祈祷をしました。今まで、一つの摂理のためにこれほど真剣に祈ったことがない……というほど渾身(こんしん)の力と心情を込めて祈りました。「この心情がすべての障壁を突き抜けて神様に通じよ! そして、太平洋を越えてアメリカに届け!」という気迫で祈ったのです。

 しかし、最初は、毎日祈っても、「神様に通じた!」という実感がもてるような祈りに至れませんでした。祈祷についての珠玉の指針ともいえる「祈祷の重要性」(1979年)というみ言が語られる3年も前のことであり、その当時は、日本の我が教会では、信仰生活講座の中で、簡単に聞く程度で、まだ「祈祷学」というほどのまとまった文献もなく、祈祷についての手ほどきをしてくれる先輩も身近にいなかったため、私にとっては全く暗闇を手探りで進むような気持ちでした。真剣に立ち向かっても何の手ごたえもつかめないままに終わって、砂をかむような惨めな思いを味わう日が続きました。

 霊的に敏感で、すぐ祈りの世界に溶け込めるようなタイプの方から見れば、そんな私の姿は愚かに見えたかもしれません。こんな自分でも祈りの道が開けるのだろうか……?

 そんな、不安さえありました。

 しかし、やはり、神はおられました。神は切に求める者を見捨てることをせず、関心をもつ者を導いてくださいます。

 祈りと取り組み闘っていく途上で、文先生の祈祷についてのみ言に数多く出会うようになりました。また、自分と同じように祈祷の困難さと苦しみを味わいつつも、なおかつ、それを乗り越えて見事に神に通じる祈りをつかんだ既成教会の先人たちの著書に出会うのです。その中でも、『祈祷の生涯』という著書を通じての佐藤雅文牧師(故人)との出会いは、正に天の導きでした。この良き「戦友」との出会いが、くじけそうになる私を勇気づけ、暗中模索しながらさまよう者を、あたかも北極星のようにきらめいて私を導いてくれました。

 これらのみ言や著書を読んで、「そうか!」と感じたら、すぐそれを取り入れて祈祷に取り組むのです。こうして、読んでは祈り、祈っては一日行動し、行動してはまた祈る……これを、毎日、毎日繰り返していきました。そうしていくうちに、だんだん祈りのコツがつかめるようになり、神様の臨在を感じるに至るまでの時間が、最初は長くかかったのですが、短時間で、その世界に入れるようになってきました。

(続く)

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 次回は、「私が祈祷と取り組んだ理由(3)」をお届けします。


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