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新・熱き祈祷のすすめ 47

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「新・熱き祈祷のすすめ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 祈りの必要性や祈りの種類、実践方法をまとめた祈祷の手引書です。

松本 雄司・著

(光言社・刊『新・熱き祈祷のすすめ』より)

第八章 私が祈祷と取り組んだ理由と恩恵

 今まであまり詳しく書かなかったことですが、私自身が祈祷と真剣に取り組むことになったいきさつと、その中でどんな経験をし、どのような恩恵を得たのかを告白しておきたいと思います。

1 私が祈祷と取り組んだ理由(1)

 1967年3月、19歳で入教した私は、激動の中を一心にみ旨に向かい歩んできました。そして、駆け抜けるように9年の歳月がたった1976年の春、28歳のときのことです。ふと振り返ってみると、講義練習を積んで原理講師になり、伝道では10人の霊の子女ができ、万物復帰や渉外活動という天の訓練も受けながら、気がつけば、岡山県の地区長として信徒の前で説教をする立場になっていました。

 入教初期のころ、祈祷も自分なりに真剣に神に向かい、何度かの貴重な神体験もさせていただきました。しかし、じっと反省してみると、祈祷という面に関する限り、まだ本当の意味で勝利できたという実感がありませんでした。祈祷に取り組む時、どうしてもある種の苦痛を感じ、避けてきたような後ろめたさがありました。

 私は、「どうしても避けては通れない。自分の信仰生活の中で、一生に一度は祈祷と真正面から取り組まなければならない。そして、祈祷に対する苦手意識を克服して、神様の心情に通じ得たという実感をつかみたい……」という気持ちを強くもつようになり、祈祷と本気で取り組む決意をしました。

 祈祷は、もちろん自分の内的課題だけを追求して祈り込んでいくこともできますが、私の場合は、「より公的な祈りが良い」と言われた文(ムン)先生のみ言(ことば)に従って、中心摂理のために祈りながら、その中で自分の内的課題を追求していくことに決めました。

 ちょうど、そのころ、真(まこと)の父母様から重要な摂理が発表されました。6月1日、アメリカ・ニューヨークのヤンキー・スタジアムで5万人大会を開催し、その成否にアメリカと神の摂理の運命がかかっていると言われました。その勝利のために、既に多くのメンバーがアメリカに渡っていました。

 私は地方の責任者として、動くことができない立場でした。しかし、たとえ日本の片隅にあっても、「祈祷の力」で、「この大会に参加し、この大会の成功に貢献できた」と自分自身で納得できるほどに真剣に祈ってみたいと思ったのです。ですから、この大会の勝利を第一の祈祷課題(項目)にしました。

 第二の祈祷課題は、その年の日本全体の中心摂理で、伝道による「人材3倍加」でした。文先生の言われた「3倍加」というのは、「3倍を加える」という意味で、「4倍化」のことでした。全国の各地区が丸1年をかけて「本部会員を4倍化」することが天の願いでした。

 当時、一般会員とは賛同ないし礼拝参加レベルの会員で、本部会員とは祝福対象となり得る実践活動メンバーのことでした。実働メンバーの4倍化というのは容易な目標ではありません。この勝利のためにも、祈りはぜひとも必要でした。そして、もう一つの祈祷課題は、自身の祈祷の世界を開くことでした。神様に通じる祈りができるようになりたかったのです。

(続く)

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 次回は、「私が祈祷と取り組んだ理由(2)」をお届けします。


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