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金婚式のカレー

(光言社『グラフ新天地』442号[2005年4月号]より)

作・うのまさし
画・小野塚雅子

 「カレー用のお肉を400g下さい」

 小学生のリサが肉屋に買い物に来ました。

 でも、ケースには肉はありません。肉屋の主人とおかみさんがヒソヒソ話をしました。

 「せっかく買いにきたのだから、あの肉を譲ってあげましょうか」

 「そうだな。この店も今日で終わりだし、この町にもお世話になった。ご恩返しということか」

 「閉店セールで全部売れたところで、この子が来たのも神様の巡り合わせね」

 おかみさんはそう言うと、店の奥から包みを持ってきました。

 「お嬢ちゃん、お待たせ。少しおまけしてあるよ。この肉ならおいしいカレーができるよ」


 その夜、肉屋の食卓。

 「肉の入っていないカレーになっちゃったね」

 「でも、いいことをした後だから、うまいよ」

 「そうね。でも、あの肉で作ったカレー食べたかったね。店を閉める記念に楽しみにしてたんだけれどね」

 「うむ。いい味を出す、めったに手に入らない代物だ。1年前にも、新天ホテルのシェフが『友人の結婚記念日に食べさせたい』って言うから、いろいろ探して回ったんだ。また、手に入るよ」

 そのころ、リサの家の食卓。

 「リサちゃんは料理の天才だね。お母さんの作ったカレーよりおいしいよ」

 「ほんとう、お母さん。おばあちゃんはカレーが大好きだから、おばあちゃんにも食べてもらおう」

 祖母のキヨが2階から下りてきました。

 「おばあちゃん、初めて作ったカレーです」

 「どれどれ、いい香りだね」

 キヨは一口食べると、
 「この味は…」
 キヨは、半年前に突然亡くなった夫の宏三(こうぞう)の仏壇の遺影を見つめ、涙があふれました。

 「この味は、昨年の結婚記念日に食べた新天ホテルのカレーの味。あなた、『来年も食べに来よう』って約束したことを覚えていたんですね」

 その日は、キヨと宏三の金婚式を迎える日でした。