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さよなら洗濯機

(光言社『グラフ新天地』441号[2005年3月号]より)

作・うのまさし
画・小野塚雅子

 昭和半ばの出来事です。

 「16年も、ほんとうによくがんばったね。きょうでお別れだね」

 俊子は、洗濯機をしみじみと見つめました。

 その時、まるで叫ぶように洗濯機が「ガーッ」と、音をたてました。

 「変だね。コンセントは抜いてあるのにね」

 俊子は、受話器を手にしました。

 「もしもし、善一の母です。善一はいますか? きょうは日曜だから、もし、まだ寝ていたら、起こして電話に出させてください」

 息子の善一は、去年の春に中学を卒業し、都会に働きに行き、道路に近い下宿部屋に住んでいました。大家さんに起こされ、善一が部屋から出てきました。

 「なんだよ、お母さん、休んでいたのに」

 「今度ね、洗濯機を買うことにしたんだよ」

 「そうなんだ」

 「今の洗濯機は、善ちゃんが生まれてすぐに買ったんだよ。『おしめ洗いがたいへんだろ』って、お父さんが強く勧めてくれてね。そのころは、珍しかったんだよ。かあさんね、機械におしめ洗いを任せられるかって、しばらく手洗いをしていたんだ。でも、使ってみると、便利でね。それからお世話になりっぱなしだよ。おまえが一番苦労させたんじゃないかい。いつも泥と汗にまみれてさ。中学生の時は野球部で、いつもユニフォームを汚してきたもんだよ」

 「そういえば、お母さん、よくアイロンがけしてくれたよね」

 「善ちゃんが家を出てからは、この洗濯機はよく故障するようになってね。電機屋のおやじさんが何度も修理に来たんだよ。寿命もあるんだろうけど、おまえがいなくなって、寂しくなったんだろうね。最近はそのおやじさんも病気で、息子さんが跡を継いで、『もう脱水機付きの時代だから、買い換えたほうがいいですよ』って言うんだよ。それで…」

 「ふーん」

 「さっきね。洗濯機が突然うなったんだよ。きっと善ちゃんに『さようなら』を言いたかったんだよ。それで、気になって電話したんだ。今度帰ってくる時は、洗濯物をたくさん持って来るんだよ。じゃあね、風邪ひかないようにね」

 「うん」

 善一が受話器を下ろした瞬間、「ガシャーン」と大きな音がしました。善一は部屋に戻ると、青ざめました。部屋にトラックが突っ込んでいたのです。

 「もし、お母さんの電話に起こされなかったら…。ありがとう、洗濯機さん」